旅好きのSTAMPSディレクター・吉川修一が、ご縁を感じる人たちと旅の話をする「旅する人々」。第10回にお迎えしたのは、料理家で、お菓子工房「foodmood(フードムード)」を営む、なかしましほさんです。
取材は、鎌倉にある、なかしまさんのアトリエで行われました。
–––お二人の接点は?
吉川修一(以下、吉川) 以前から、STAMP AND DIARYの服を愛用してくださっていて。それを、2017年のほぼ日のイベント「生活のたのしみ展」の第2回でご一緒したときに知ってうれしかったです。今年の春は、ほぼ日の「なかしましほのOYATSUな店」でコラボさせていただきました。
なかしましほ(以下、なかしま) 「OYATSUパンツ」ですね。1年ほど前、私が長年、仕事のときも普段も愛用しているパンツをベースに作りたいとお願いして。本当に履きやすいですよね。
スタンプスのディレクター、吉川が料理家のなかしましほさんの鎌倉のアトリエにお邪魔し、旅についての対談を行いました
吉川 ありがとうございます。僕はなかしまさんのInstagramをずっとフォローしているのですが、なかしまさんが韓国で料理教室をされているのを拝見して、すごく羨ましかったんです。実は僕、東方神起や「チャングムの誓い」が盛り上がっていた頃から、韓国の急激な発展がおもしろくて定期的に行っているんです。
なかしま パンデミック以前は、レシピ本の翻訳版が韓国と台湾、中国で出たタイミングで料理教室を何度かさせてもらいました。もちろん仕事ですが、旅として楽しむ気持ちもありましたね。
吉川 なかしまさんはこの春、ソウルのガイド本「なかしましほ ソウルのおいしいごはんとおやつ」(KADOKAWA刊)を出版されましたよね。もちろん僕も買いました! 今日はぜひ韓国のお話を伺いたいです。
2024年4月に発売し、話題を集めているなかしまさんがソウルのおいしいお店を案内する本「なかしましほ ソウルのおいしいごはんとおやつ」(KADOKAWA刊)
映画やドラマで見る韓国の食卓に惹かれて
–––なかしまさんが韓国が好きになったきっかけを、改めて教えていただけますか。
なかしま 韓国に行くようになったのは、2016年頃です。当時は今よりも忙しく、家にいても寝るときも、仕事のことが頭の中にある状態。それがよくないと思うようになって、仕事のことを考えない時間を強制的に作ろうと、ネットで韓国の映画やドラマを観るようになったんです。
実はそれまで、韓国にあまり興味はありませんでした。でもあるとき韓流ファンの義母が、おすすめの映画のDVDを送ってくれて、まずは笑えて楽しいラブコメから見てみることに。すると、食卓のシーンがたくさん出てくる。「何で韓国の人はこんなにいつもごはんを食べてるんだろう?」と。
吉川 確かに。
上/韓国の食卓になじみ深いチヂミ。写真は、「李博士の新洞マッコリ」で提供している、そば粉をブレンドした薄い衣をまとった野菜チヂミ 下/たっぷりのネギと味付けされた豚肉を、生野菜で巻いていただく「モンノチッ」のテジポッサム〈*なかしまさんご提供〉
なかしま しかも、おいしそうなんです。それに自分が知っていた韓国料理は、キムチや焼肉、チゲなどの辛そうなものというイメージでしたが、ちょっと違っていて。ますます関心が高まって、そのうち音楽や映画などのカルチャーに興味が広がり、韓国に行くようになりました。
ガイド本を作りたいと考えたのは韓国に行き始めた頃からです。その頃、日本と韓国は政治の問題で、ガイド本や雑誌の特集など、新しい情報が更新されていない時期でした。だからいつか自分が作れたらと。好きなアイドルのコンサートに行きたいというのもありましたが(笑)。
吉川 食だけじゃなく、カルチャーも含めて好きになったと。
なかしま もう、バーッと一気に(笑)。「ここまで仕事をがんばったから、少し休憩しよう」と決めました。もちろん、遊びだけが目的ではありませんでしたが、年に10回ほど行きました。それまでは気分転換に京都へ行くことが多かったのですが、韓国は同じ2時間程度で行けるので自分にとっては気軽でした。
吉川 10回とは多いですね! 僕も韓国のカルチャーが好きで、ホン・サンス監督の作品のような普通の韓国が描かれている映像をよく見ます。シンガーソングライターのIU(アイユー)さんも好きで。なかしまさんはどんな韓国映画やドラマ、アーティストを?
なかしま 私は割とジャンルは問わず、話題になっているものを観ています。K-POPも好きで、BTSをきっかけにいろいろと 聴くようになりました。コンサート、すごく楽しいんですよね。一生懸命な様子を見ていると元気をもらえて、自分も仕事をがんばれる。
コンサートのために、韓国以外のアジアのいろんな国にも行きましたよ。香港のコンサートでは、ネットでチケットを事前予約したけれど、手続きが必要で、期日までに香港で受け取らないといけないことがわかって。そこで、そのためだけに友達と1泊で香港に行くことに。悔しいから二人で食べるだけ食べて、ひとつのベッドで寝て、帰ってきました。どうかしていたんじゃないかと思うほどのエネルギーでしたね(笑)
吉川 それはすごい(笑)!
なかしま 最近は落ち着いてきました。オタクって、盛り上がって、少し下がって、また上がってって、何周かするんです。今は3周目が終わって、4周目に入ったところ。ちなみに香港に行ったのは、1周目の終わり頃でした(笑)。
韓国料理の特徴の一つともいえるのがパンチャン(おかず)。メイン料理のほかに小皿でテーブルに並べられ、無料でいただけることが多い。さまざまな野菜や山菜を使って作られるパンチャンは実に多彩〈*なかしまさんご提供〉
韓国のカルチャーやアイドルを好きになって、それまで「料理家のなかしましほ」としてしか見られていなかったのが、自分を知らない人とSNSを通じて交流を持てたのが新鮮で、うれしかった。それは匿名の、いわゆる“オタ垢”でつながった人なんですが、6、7年経った今も会っています。韓国を好きになったおかげだなと思います。
吉川 お仕事も広がりましたよね。今回のガイド本もそうですが、韓国料理やセンイルケーキ(韓国の誕生日ケーキ)のレシピを提案されていたり。
なかしま 仕事では韓国についてあまり触れてこなかったので、ガイド本を出したときに「韓国、好きだったんですか」って言われることが多かったです。これをきっかけに韓国にまつわるお仕事がもっと増えたら嬉しい。韓国はお菓子もおいしいので、レシピの紹介ができるといいですね。
左/独自の感性によって進化し続ける韓国のスイーツ。お気に入りのひとつが「Cafe MAA」のソフトクリーム 右/「あんこ好き」のなかしまさんを魅了する、韓国のあずきのかき氷「パッピンス」〈*なかしまさんご提供〉
旅は断然、ひとり派。
詰め込みすぎず、気分で動く
–––旅はご友人と行かれることが多いのですか?
なかしま 基本的に旅行はひとりで行くのが好きです。お友達とも現地集合です。コンサート会場で待ち合わせして、終わったらごはんを食べて、現地で解散。それが気楽で。常に何人かで行動して「どうする?」「次はどうする?」ってやるのがどうも苦手で……。
旅程もガチガチに決めすぎず、ざっくりと予定を定めて行動します。たとえば、どうしても行きたいお店にだけ足を運んで、あとの時間はそのときの体調や食べたいものによって動く。韓国は近いし、また行けると思って、詰め込みすぎないようにしています。
吉川 ソウルだとホテルはどこに泊まるんですか?
なかしま コンサートがあるときは江南エリアですが、それ以外なら麻浦か乙支路(ウルチロ)に泊まることが多いです。いいホテルは多いけれど、今は高いので、寝るだけだともったいない気がして。本の取材のときに泊まったホテル「mangrove」は、簡素だけどおしゃれでおすすめです。雑誌「POPEYE」でも紹介されていたので、シティボーイがたくさんいました。
–––なかしまさんにやっぱりお聞きしたいのは、食のこと。一番好きな韓国料理は何ですか。
なかしま チゲなどのスープ系が好きですね。冬の寒さが厳しいこともあり、韓国は日本に比べて汁もののお店が多い。去年の12月はマイナス15度で、ちょっとの距離を歩くだけでも顔が痛かったほど。
吉川 ガイド本では飲食店だけでなく、テイクアウトのお店もご紹介されていましたね。
韓国の巻き寿司「キンパ」。ごはんが酢でなく、ごま油と塩で味付けされていることが多く、肉やツナ、にんじん、卵などたっぷりの具材が巻かれる。なかしまさんが食事を軽く済ませたいときには、テイクアウトしてホテルでいただくことが多い〈*なかしまさんご提供〉
なかしま 日中いっぱい食べたら夜は部屋でいいや、となることも多く、コンビニやテイクアウトのお店でキンパを買ってホテルで食べたり。これもひとり旅だからできることかもしれません。
吉川 食べ物といえば、百貨店の家電コーナーが好きでよく行くんですが、LGやサムスンのコーナーを見ると冷蔵庫が大きく、機能も充実していて驚きます。韓国の食文化が影響してるんでしょうか。
なかしま キムチ専用の保冷庫があったりもしますよね。韓国の人たちが食を基本にしているのは、食べられなくて大変だった時代があったからだと思います。韓国の方たちって、挨拶代わりに「ごはん食べた?」って言いますよね。本当に食べたか聞いているのではなく「元気?」 みたいなニュアンスで。旅行者の私にも、そんな風に声をかけてくれる。食が本当に大事だし、何より自分の国の料理をすごく愛してるんだと思います。日本人は和食も食べるけど、ありとあらゆる国の料理を食べますよね。もちろん韓国人もいろいろと食べますが、やっぱりみんな韓国料理が大好き。
それと、皆で食べることも大事にしていますよね。グループで食べる量が基本になっていて、ひとりだとオーダーさせてもらえなかったり、入れないお店もある。
吉川 映画やドラマでも、それがよく伝わってくる。韓国の人は人間味がありますよね。
なかしま 韓国の人たちは人と人との距離が近くて、物事をストレートに伝えることが多いです。あと街で見かける人たちの声が大きくて、最初は「怒ってるのかな」とびっくりしました。
西村、弘大、京東市場。
古くからある場所が好き
吉川 なかしまさんのガイド本に掲載されていた「アンドク」(朝鮮料理専門店)は、僕が行ってみたいお店のひとつなんです。このお店がある西村(ソチョン)は、雰囲気がいいですよね。なかしまさんがよく行くエリアはありますか?
なかしま 私も好きです。現地でも人気のエリアですが、韓国はトレンドの移り変わりが早く、今は弘大(ホンデ)に近い延禧洞・延南洞(ヨニドン・ヨンナムドン)という、東京の下北沢みたいな場所も人気ですね。この本では私が好きな、古くからある場所やお店を中心に紹介しています。
ソウルでよく行くという市場の風景から。韓国でお茶やお菓子、お酒の材料として食されている五味子(オミジャ)(写真上)。カラフルで丈の長いゴム手袋が山積みで売られているのは、唐辛子をよく食べる韓国ならでは(写真左)。韓国料理用調理器がずらり(写真右)
吉川 何度もソウルへ行くなかで、特にお気に入りのお店や場所はありますか?
なかしま どこもおすすめですが、京東市場(キョンドンシジャン)という食材の市場が好きです。観光客に有名なのは広蔵市場(カンジャンシジャン)ですが、京東市場はあらゆる食材が売っているんです。ソウル薬令市という韓方材(漢方薬剤)の市場にも隣接していますし。お買い物を楽しんだり、地下の食堂街でごはんを食べたりして。
吉川 韓国は市場や屋台が多くあって、皆さん普段から市場でお買い物をしていますよね。韓国はエリアそれぞれ雰囲気が違うのもおもしろい。江南(カンナム)は新しくできた街で、文化が違う雰囲気です。
なかしま 江南は若い女の子たちが“肌管理”で行く美容クリニックやコンサート会場がある都会的なエリアですよね。個人的には、さっきお話した西側の弘大まわりの方が独自のカルチャーがあって、個人的にはおもしろいです。
吉川 弘大というと、ドラマ「コーヒープリンス1号店」の舞台。音楽もキャスティングも大好きだったんですが、そこに出てきた山の上の家に行きたかった!
なかしま それでしたら、「E.N. GALLERY」というギャラリーカフェはきっとお好きだと思います。陶芸家のかたに連れて行ってもらって知ったのですが、映画「パラサイト」に出てくるような高級住宅街の山のてっぺんにあるんです。ご自宅の一角をギャラリーにされたのですが、本当に素敵で。
左は「E.N. GALLERY」で購入したガラスの器。「初めて伺ったときに展示をしていた、おそらくスペインの作家さんのもので、大事に抱えて帰ってきました。置いておくだけでかわいいし、ピッチャーや花瓶として使うことも」。右は「D&DEPARTMENT SEOUL」で購入した、廣川窯(クァンジュヨ)の蓋つきの調味料皿
吉川 韓国はギャラリーのレベルもどんどん上がっている。食に関してもそうですが、他国の文化を受け入れてからのスピードがすごく早い国ですよね。
なかしま 「いいな」と思ったものをベースににして、新しい要素を加えていくのが韓国のものづくりという印象です。以前は作家ものの食器は裕福な人が買うイメージでしたが、今は若い人たちも作家さんが作るものに興味を持ち始めている気がします。日本で人気の作家さんも次々とソウルで展示をされていますね。
かつてはさまざまな面で日本に影響を受けていたと思いますが、今はそうじゃない気がします。昔は日本でケーキづくりやパンづくりの勉強をした方が韓国でお店を開いたりしていましたが、今は皆さん、世界の国々に学びに行っていますから。
そうそう、観光スポットというわけではないですが、私は街をただ歩くのも好き。ソウルって街中から山が見えるんですよね。そこも京都に近いと感じるところで、景色を見ながらただ歩いているだけで気持ちが高ぶります。
後編に続きます
なかしましほさん 料理家、からだにやさしい素材で作るお菓子工房「foodmood」店主。書籍や雑誌でのレシピ提案、ワークショップのほか、映画やドラマのフードコーディネートも手がける。2024年4月に初のガイド本「なかしましほ ソウルのおいしいごはんとおやつ」(KADOKAWA)を出版。https://foodmood.jp、IG@nakashimashiho519
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有賀 傑(*以外) ※旅の写真はなかしまさんご提供
- EDIT:
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古山京子(Hi inc.)
- TEXT:
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増田綾子