前編はこちら
STAMPSのディレクター、吉川修一が好きな「旅」にまつわる話をする「旅する人々」の第10回は、料理家のなかしましほさんを迎えました。前編に続き、後編では海外の旅で遭遇した小さなハプニングも話題にのぼりました。
初海外をきっかけに
カロリーメイトが旅のお守りに
–––韓国以外の国に行かれたことはありますか。
なかしましほさん(以下、なかしま) アジアが多いです。実は私、ヨーロッパに行ったことがないんです。いつかは行ってみたいけれど、飛行機があまり好きじゃないので、長時間機内で過ごすことを考えると……。皆さん、どうしてるんだろうと思って。
吉川修一(以下、吉川) 僕は逆に飛行機が好きで。飛行機のグッズを見るだけでも萌えるし、旅になると童心に帰っちゃう。海外にあこがれていた世代で、小学生の頃はテレビで「兼高かおる 世界の旅」という紀行番組を正座して見ていました。母親に「この時間は掃除機かけないで」って言って(笑)。若い頃は遠回りして目的地に行っていたくらい。
なかしま うらやましい。私もそうだったら違っていただろうな。旅先が主にアジアなのは、飛行機に乗る時間が短いからでもあるんです。
吉川 初めて飛行機に乗ったのはいつですか?
なかしま 出版社に勤めていた20代前半です。国内だったんですが、飛行機に乗るのに緊張していたら、海外に行き慣れている隣の編集部の人たちに「じゃあ、ちゃんと教えとくね。飛行機に乗るときは、靴を脱ぐんだよ」って。知らなかったから「わかりました」と答えて。
吉川 (笑)。では初めて海外に行ったのは?
なかしま 25歳ぐらいのときです。その頃、ベトナム料理店のシェフをしていたのですが、ベトナムのホーチミンにある支店で研修をすることになって。当時のベトナムは、街中でも1日に何度も停電が起きるようなインフラがととのっていない状態でした。歯を磨くのもミネラルウォーターを使うようにと言われていたので、万一何も食べられない状況になった場合のために、カロリーメイトを持って行ったんです。そのときから、旅にはカロリーメイトが必需品になりました。
「パッケージの色合いもいいし、ショートブレッドを真似した形がかわいい。もともとはチョコレート味が好きでしたが、2年前にバニラ味が出て、最近はバニラ推しです」
吉川 お守りみたいな?
なかしま そうなんです。仕事でたくさん食べなきゃいけないので、おなかを壊すだろうと心配していたのですが、幸いにも出番はありませんでした。なぜか帰りの飛行機の中でおなかを壊しましたが(笑)。吉川さんは、海外に必ず持って行くものはありますか?
吉川 携帯電話を2台、それと防犯系のグッズを必ず持って行きます。電車に乗るときや、ひとり旅でトイレに行くときなどに、鍵付きのワイヤーを椅子や柱などにクルッとつけておく。特に今のヨーロッパは安全とはいえないので。自分の中では「戦いに行くぞ」みたいなテンションで、全然優雅なムードじゃないんです。
なかしま 姉(編み物作家の三國万里子さん)がヨーロッパに行くことが多いのですが、イギリスに行ったとき、着いてすぐスリにあったと言っていました。そんな話を聞くと、アジアって治安は悪くないなって思います。トイレで戸惑うことはありますが……
–––トイレ?
なかしま ベトナムの市場へ行ったときは、隣との仕切りがなくて大急ぎで用を足しました(笑)。韓国では古い建物だと紙を流してはいけないトイレがあったりします。もちろんそうじゃない場所の方が多いんですが、海外へ行くと 日本の水回りってすごいなと思いますね。
吉川 アジアのトイレ、びっくりすることがありますよね。アジアだとほかにはどんな国に?
なかしま 一時期は台湾にもよく行きました。好きですし、仕事もあったので。3時間半で行けるんですが、1時間の時差がある。時差がなく、2時間で着ける韓国に行くようになったら、それさえ遠く感じるようになってしまいましたが。
吉川 台湾はどのあたりに行かれるんですか。
なかしま 気軽なのは台北です。台湾は食が合いますし、人柄も魅力。韓国が熱い文化だとしたら、台湾はもう少しのんびりしていて、優しい。台湾って、夏場はコンビニの中でよその犬が涼んでいても、誰かが文句を言ったりしない。台湾の独自の風景だなと思います。そういうおおらかなところが好きな理由ですね。
コンサートのために一人で行ったこともあります。田舎町での野外コンサートですごく楽しかったんですが、帰り道で野犬に追いかけられて(笑)。自宅でも犬を飼っているので普段は全然平気ですが、人気のない夜道を歩いてるときに追いかけられたので必死に走りました。おもしろかった思い出です(笑)。
吉川 台湾の食は、何がお好きですか。
台湾の旅から。左はなかしまさんが台湾の食で好きな豆乳で作られるスイーツ、豆花。右は春節のころに店先に並ぶ、台湾で縁起がいいとされるパイナップル 〈*なかしまさんご提供〉
なかしま 豆花も、麺も好きですね。台湾の食事は味付けを食べ手に委ねてくれるところが好きです。ベトナムもそうですが、食べる人が調味料などで味を完成させる料理が多いので好きですね。
吉川 アジア以外の国に行かれたことは?
なかしま 夫の親戚がハワイにいるので、新婚旅行では親戚に会いにオアフ島に行きました。そういえば、旅慣れてないときだったので、間違えて違う人のスーツケースを持って帰っちゃったんですよ。家に帰ってふとスーツケースを見ると小錦(ハワイ出身の力士)のシールが貼られていて、「え?」って。
吉川 持ち主もひと目でわかるように貼ったんでしょう(笑)
なかしま 今思うと、なんでそんなことが起こるんだろうっていう感じです(笑)。空港に電話したら「スーツケース、残ってます」と。で、持ち主が都内にお住まいの方だったので、その日のうちにお詫びのお菓子を持ってスーツケースを返しに行きました。それからは私もスーツケースに目印を付けるようになりました。
香港の旅から。ワゴン式飲茶がいただける蓮香樓(写真上)。さまざまなナッツやドライフルーツ、中国茶が購入できる啟發食品(写真下左)。食文化の豊かな香港の市場も見応えがある(写真下右)〈*なかしまさんご提供〉
吉川 これから行ってみたい国はありますか?
なかしま ハワイはまた行きたいですね。ハワイ島とか田舎の方に。あとは北欧にはずっと行きたいと思っていて。好きな器が北欧のものが多いので。フランスやイタリアなどの西ヨーロッパよりは、飛行機の時間が短いんですよね?
吉川 以前は9時間でしたが、 今は戦争の影響で13時間ほどのようですよ。
なかしま それはハードルが高い……! 気絶でもしていないと無理かもしれません(笑)。
「何でもない自分」になるため旅をする
–––なかしまさんは、旅がご自分や普段の生活に変化をもたらしたことはありますか?
なかしま ひとり旅をするようになったら、人のことを気にしなくなって、自分の好きにしていいんだと思えるようになりました。以前はみんなと一緒にしていないといけない、という考えがいつもどこかにあった気がします。あと日本にいると、どうしても仕事や家のことを考えてしまう。だから適度にひとりでいる時間も、自分には必要だと思うようになりました。
吉川 昔は、イミグレーションのスタンプがパスポートに押されて国外に出れば、向こうから自分に連絡を取る手段がなかった。いろんなことから解放されて、一番自分らしくいられる。スタンプスという社名にしたのは、そういう服を作ろうと思ったからです。旅は自分に向き合う時間。ひとり旅は孤独だと感じることもありますが、リアルな自分が見える。
なかしま 私は韓国に友達がたくさんいますが、誰とも会わずにずっと一人で過ごすこともあります。でも寂しいと感じることはないですね。韓国語はほとんど話せませんが、一人でいると韓国の方は何かと気にかけて話しかけてくれます。若い世代の方はほとんど英語が話せて、第二外国語で日本語をとる人も多いですしね。
山に囲まれているソウルは、なかしまさんが好きな京都にも似ていて、ただ歩いているだけでも楽しいという〈*なかしまさんご提供〉
吉川 僕は一人の食事は寂しいなと思うときがあって。特に韓国では皆で楽しそうに食事しているので。でも日本じゃ味わえないことをするのも、旅の醍醐味だと思うようにしています。
なかしま 私は「好きなものが食べられて万歳!」と思う方で。実は家族とは食の好みも旅のスタイルも違っていて、私はざっくりとプランを決めたいけど、夫は何も決めずに行き当たりばったりが好きなタイプ。お互いに合わせていたときもありましたが、旅に来てまで気を遣い合うのはもったいないなと思って、ひとり旅に落ち着きました(笑)。
––––最後に、なかしまさんが旅が好きな理由を教えてください。
なかしま 先週、京都に行ったとき、いろいろなことを考えなくて済むっていいなぁと思ったんです。家にいると、家事をして、あれも気になる、あそこもやっておかなきゃって、常に何かを気にしてしまう。でもホテルだとベッドしかないし、何もしようがないから解放される。
吉川 リラックスできるということですか?
なかしま 旅でリラックスできるかというと、街を歩くときには緊張感もあるので、そうではない気がします。私は韓国に行くと、空港に着いたときから帰国したくなくなる。そして何日か目、突発的に「わーっ」って気持ちが高ぶる瞬間があるんですよ。ソウルの風景を眺めながら「今、自分は韓国にいる! 家のことも仕事も、今は何も考えなくていい!」って、ジーンとくる。何なんでしょうね(笑)。
でも今日、吉川さんと旅のお話をして、リラックスするために旅をしてるんじゃない、というのが明確にわかりました。そもそも、私はどこでも寝られるタイプじゃない。家のふとんが一番よく眠れるし、リラックスするのが下手なんです。だから、本当にリラックスしたかったら旅はしない。それでも旅するのは、そのとき置かれている現実からちょっと離れたいとか、関係ないところに身を置きたいからなんだと思います。
吉川 分かります。日常から離れることで、視点が変わったりしますよね。なかしまさんにとって旅は刺激を受けるのはもちろん、自分の生活と関係ない場所で、何ものでもない自分になる時間なんですね。匿名のアカウントのお話と近いのかな、と感じました。
なかしま そうですね。匿名アカウントでは、自分の職業から離れて、素でいられる。時々、何にも気にしないでいられるところに行きたくなるんですね、きっと。
なかしまさんの旅の必需品
(上から時計回りに)ほぼ日内の飯島奈美さんのウェブショップ「SUPER LIFE MARKET」のエコバッグはたくさん入るので、普段も、旅先でも愛用。天日塩で有名な全羅南道・新安(シナン)で伝統的な製法で作られた塩が使われている、「SALTRAIN」の塩歯磨き粉。スイス生まれの「CURAPROX」の携帯用の歯ブラシセットはご家族からのプレゼントは「家と同じ歯ブラシなので、旅先でも安心できます」。「軽すぎるぐらい軽い」という「モンベル」の傘
左/ポイントを集めてもらった「六花亭」の風呂敷に衣類を包んで持って行く。ポシャギは古いもの。「7、8年前に買ったのですが、今は骨董街でも状態のいいものは少なくなっているそうです」 右/2泊3日くらいなら「紀ノ国屋」のクーラーバッグひとつで旅へ。「持ち帰るおみやげの保冷も兼ねられるので便利。慣れてきたらどんどん荷物が減ってきて、いかに荷物を少なくできるかを考えて楽しんでいます」。「ユニクロ」のショルダーバッグに貴重品を入れて
「H&M」のライフスタイルブランド「ARKET」のバッグ。「まだ日本に上陸していないので、韓国みやげの定番。大きいので、犬を病院に連れて行くときに使ったこともありました」
なかしまさんが旅先で出会ったもの
上/「製菓材料は日本から輸入したものが多いので、日本のほうが種類が多いのですが、ホットクミックスやえごま粉など、韓国ならではのものを見つけたら購入」。韓国は最近、よもぎをパンやラテなどに使うのがブーム。日本より粒子が細かくて、乳製品とも合うので、焼き菓子に使うのがおすすめだそう。「紀ノ国屋」のジッパーバッグは薬や洗面道具、パスポートなどを入れるポーチがわりに使用。「一部は空のまま持っていて、食材を持ち帰るのにも使います」 左下/持ち手のカラフルなビニールテープが目を引くほうきは市場で購入。「旅慣れていない頃に買って、かばんから飛び出させて持って帰ってきました」 右下/ひもをつけるとメダルのように首から下げられるクッキー型。日本でいうかっぱ橋道具街のようなところで買ったそう
誕生日に文字やイラストをクリームなどで描く「センイルケーキ」でお祝いをする文化がある韓国はユニークなバースデーキャンドルが豊富。「変なキャンドルを集める趣味があって。韓国に行くと百貨店のケーキ屋さんやダイソーで必ず買います
対談を終えて
なかしまさんと一緒にものづくりをさせていただいて感じたのは、ひとつのことを追求する研究心。物事の奥行きを求める姿を尊敬していました。今回、お話を伺って、旅の仕方にも同じものを感じましたね。多くの人に人気の理由を改めて知った気がします。今日はなかしまさんの新たな一面も見ることができて、とても楽しかったです。なかしまさん、ありがとうございました。(吉川)
なかしましほさん 料理家、からだにやさしい素材で作るお菓子工房「foodmood」店主。書籍や雑誌でのレシピ提案、ワークショップのほか、映画やドラマのフードコーディネートも手がける。2024年4月に初のガイド本「なかしましほ ソウルのおいしいごはんとおやつ」(KADOKAWA)を出版。https://foodmood.jp、IG@nakashimashiho519
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有賀 潔(*以外) ※旅の写真はなかしまさんご提供
- EDIT:
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古山京子(Hi inc.)
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増田綾子