Travelogue

STAMPSの旅の記録

| 旅する人々 |

武井義明さん〈後編〉

編集者の武井さんは、料理の腕前もプロ級。
“自炊旅”ではどんな食材で何を作っているのでしょうか。
調理道具など旅の必携品とともにご紹介いただきます。

STAMPSディレクターの吉川が、社名の由来でもある“旅”にまつわる話を伺う「旅する人々」。第2回の後編では、編集者の武井義明さんに、旅先での料理の楽しみ方やちょっとしたハプニング、そして旅の相棒と戦利品をお聞きしました。

ハプニングも旅のおもしろさ

–––旅先で作る料理は、その土地々々で考えるのですか?

武井義明さん(以下武井) 料理を作る人って、この料理を作ろうと思って食材を買いに行く人と、その場で見つけた食材を買って何を作るかを考えるかのどちらか。僕は後者です。

たとえば秋のイタリアだったら、市場にポルチーニが出てる。日本と違って安いから「ポルチーニを1kgください」って言えるんですよね。そういうのが楽しい。じゃあ今日は、ポルチーニのパスタにしようと、お気に入りの「ルンモ(RUMMO)」のパスタとオリーブオイルをスーパーで、チーズはパルミジャーノ・レッジャーノかペコリーノ・ロマーノを市場で買う。ブラッドオレンジが安いからサラダに入れちゃおう、とか。

肉は、いいお肉屋さんを調べます。パリだったら必ず「ユーゴ・デノワイエ(HUGO DESNOYER)」へ電車に乗ってでも行きますね。

基本的に旅先の食事は、市場やスーパーで購入した地場の食材で作る。なかでもパスタはよく作っている、武井さんの十八番料理。「パスタは大好きで、朝から食べることもあります」

吉川修一(以下吉川) これまでで一番おいしかったものは何ですか?

武井 僕は何でもおいしく食べられるタイプだから、全部おいしいんです。イタリアだったら、先ほどお話した、ポルチーニを1kg使ったパスタとか、市場で日本にはないアサリの類の二枚貝を3種類ほど買って、全部合わせた濃厚なボンゴレとかは覚えていますね。

あぁ、困った思い出ならありますよ。シチリアで肉が食べたくなったんです。でも、シチリアって魚介は新鮮なものがあるけど、肉はよくわからない。宿主に肉屋を紹介してもらおうと思ったら、この辺りの店は全部ダメだからって、畜産をやってる叔父さんに電話してくれて。そしたら、仔羊を1/2頭からでしか売れないと言われて、仕方ないから買ったんです。

吉川 ええ! 1/2頭ですか?

武井 そう。まずは中国の東北料理のクミンを入れた炒めものにして、残ったぶんはハンバーグにしようと。羊肉は臭みがあるから、庖丁で刻んでパセリとか香草をまぜて。ところが焼いたらボロボロになって、まずくてまずくて! 

間違って大量の二十日大根を買っちゃったこともあるんだけど、洗って塩もみして、ビニールに入れて漬物にしたり。多少失敗しても、おもしろければいいんです。

–––武井さんのお話は、そうしたトラブルも楽しく聞こえます。

武井 2011年にリスボンに行った時は、飛行機が遅れて空港に到着したのが深夜1時を過ぎていたんです。当時はAirbnbがなく、宿と連絡がとりにくくて。とりあえず宿へ向かったのですが、やっぱり玄関は閉まっていて、誰もいない。しかも、外は豪雨。

吉川 ええ! 

武井 リスボンは冬、よく夜に雨が降るんですよ。タクシーで空港に戻って、運転手にホテルを探してもらったりもしたけどどこもダメ。仕方がないから空港で一晩明かして、航空会社のラウンジでシャワー浴びて、ごはん食べて、もう一度宿へ。でもやっぱり玄関はしまってる。

そうこうしていたら、向かいの家からパジャマ姿のおばあさんが出てきて、流暢な英語でまくし立ててくる。どうやら宿主の悪口を言ってるようで。事情を話したら「私の家へおいで!」「それは結構です!」みたいなやりとりをして。結局、1階の食堂のようなよろず屋で待てるように、おばあさんが段取りしてくれて。

吉川 おばあさん、いい人だったんですね(笑)。

武井 そのうち、スタッフの女性が鍵を指に引っ掛けてくるくる回しながら「ハーイ!」ってやってきた。ようやく宿に入れたんですが、その部屋がかび臭いんです。そのうえ夜中、照明の配線の穴から雨水が漏れてきて危ない! その宿はキッチンだけ使い、寝泊まりは近くの貴族の館を改装したホテルでするっていう、めちゃくちゃな二重生活をしました。そんなひどいのとか。

街を歩く時には、“相棒”のカメラを必ず持っていく。記録するのは、雨に濡れた石畳、街角の看板やポスターなど、何でもない日常の風景が多い

吉川 旅って思わぬトラブルが待ち受けていますよね。武井さんは、想像を超えるような旅をしています(笑)。

武井 幸いにも、同行する仲間はそういうのを楽しめるタイプ。パニックになったり、怒り出したりしないで、「なんとかなるよ」って。

–––旅先で購入したもので、特に思い入れのあるものってなんでしょうか?

武井 プラハで見つけた古いクリストフルのカトラリーセットです。プラハに住んでいる友人の家のフォークが本当に使いやすくて、聞けば、友人が古道具屋で見つけた1本100円のクリストフルだと。プラハにクリストフルの古物があって、しかもパリで買うよりも安いなんておもしろいなと。その何年か後に、ただそれだけを目的に、再びプラハへ行ったんです。

その友人に付き合ってもらい、朝から晩までしらみ潰しに歩きまわって。あきらめかけた時に、「バザール」と呼ばれる、欠けたフロッピーディスクやちぎれた電線とか、何でも売ってるガラクタ屋にも立ち寄ってみることにした。

店のおじさんが「カトラリーはここだよ」と教えてくれた場所を探したけれど、クリストフルは見つからない。その時、おじさんが座るレジの後ろにぎっしりとものが積まれているのが目に入ったんです。僕にはその中の、ある箱が輝いて見えて。気になって見せてもらったら、なんとそれが、クリストフルのフルセットだったんです。さらに、目利きの友人がひと目で1本違うものがまざっていることを見抜いて、交渉してずいぶん安く購入できた。もちろん今も大切に使っています。時間の使い方を含めて羨ましい旅だと、いろんな人に言われましたね。

吉川 本当にすごいなぁ! そんなことあるんですね!

今行きたいのは、やっぱりパリ

吉川 COVID-19がおさまったら、一番に行きたいのはどこですか?

武井 パリ!

吉川 パリ、行きたいですね。アートとか、ワインに合わせるおいしい料理とか、日本にないものがいっぱいある。

武井 みんな、ワインと料理をどう合わせるかがわかってるんですよね。日本にもおいしい店はあるけど、「このワインおいしいね」と「このごはんおいしいね」が合わさってないことも。そういう意味で、僕はたまにパリへ行って、それを確かめたい。

個人的には、ニューヨークやロンドンは、人々の上昇気流が強すぎてついていけない。住むつもりで行ってると、めげちゃいます。

吉川 パリって、意外と人々の生活が見えるというか、地に足がついてますよね。アートや歴史など街の有するものがトータルで素晴らしいから、一日に15km歩いても疲れない。そしてやっぱり 「ボン・マルシェ(Le Bon Marché)」。あれを作っちゃうフランス人を尊敬します。

武井 どうやらパリでは上流階級の人が「ボン・マルシェ」でブランド品を買うそうですよ。「ボン・マルシェ」のルイ・ヴィトンの顧客リストは、シャンゼリゼの本店よりもすごい、と聞いたことがあります。

吉川 「ボン・マルシェ」のメンズフロアにあるカットソーのコーナーで、高田賢三さんがふつうに買い物しているのをお見かけしたことがあります。そういう場所ですよね、「ボン・マルシェ」って。

武井 別館の食品館「ラ・グランド・エピスリー(La Grande Épicerie de Paris)」も、フランスだけでなくヨーロッパ中のいいものが集まっていて、素晴らしいですよね。

吉川 僕はいつも「メゾン ・ド・ラ・トリュフ(MAISON DE LA TRUFFE)」で塩を買って帰ります。イートインスペースも優雅で好きですね。

武井 その下階にあるワイン売り場もいい。でも、パリでワインを買うなら、僕は自然派ワインだけを売っている14区の「ラ・カーヴ・デ・パピーユ(La Cave des Papilles)」で。パリのお店はひとつひとつが面白い。

吉川 旅先を決めるとき、パリを避けるのは考えにくい。パリを中心にして、別な都市に出かけたりしています。

武井 僕もヨーロッパへ行くときは、パリ着を選ぶ。帰りにパリに2泊だけしたり、空港に着いて、日本へ帰る便が立つまでに時間があったら、電車に乗って市内へごはんだけ食べに行くことも。ただ、あの電車(RER B線)はちょっと治安が悪い。だから荷物は空港に預けて、コンビニ袋ひとつだけ手にもって乗ったりしています。

吉川さんもそうだと思うけど、パリは行きたいんじゃなくて、行くのが当たり前だから、行けない状態が変な感じです。

吉川 はい、常に行っていますもんね。「TAMPICO」と「Owen Barry」、「WALLACE SEWELL」を巡るフランス、イギリスの旅もいつか実現させたい。皆さん、素敵な人ばかり。ぜひ武井さんに会ってほしいんです。

武井さんの旅の相棒と戦利品

「ひとり旅は淋しさも含めて醍醐味なので、Leicaのカメラを相棒に」。ひとり旅ではピントをまわしたり、露出や絞りを考える手間を含めて楽しいためマニュアルの「M8」を、友人との旅ではオートフォーカスの「Q」を持っていく。「いずれも写真家の菅原一剛さんに薦めてもらった機種で、さらに写真を撮るのが楽しくなりました。今日はこれと遊ぶぞ、とカメラを持って散歩に出ると、ひとり旅でも淋しくなくていいですよ」。写真はRAWデータで撮り、セレクトして現像し、Flickrにタグ付けしてアップしている(写真左上)

JALのファーストクラスにも採用されているという「BOSE」の「QuietComfort 35」は、武井さんの長距離移動に欠かせない、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホン。iPhoneに音楽や落語を入れて聞くほか、飛行機の座席に接続して映画を見たりも(写真右上)

武井さんの旅先での定番服。トップスは、下着デザイナーの惠谷太香子さんが手掛ける絹の肌着、「ジュンヤワタナベ」のTシャツ、「SUNSPEL」の薄手のウールカーディガン、首巻きが基本。ボトムは、ふくらはぎを圧迫するスポーツ用のサポーターの上に、「ジュンヤワタナベ」のジーンズを。靴は革がやわらかくて履きやすいうえ、きちんとした印象に見える「trippen」。このほか、スニーカーとスリッポンも持っていく(写真左下)

「世界各国のミリタリーオタクから褒められる」というバックパックは、友人のブランド「CROW’S factory」のもの。底を貼り替えるなど手入れをしながら6年ほど愛用中。軽いうえ、20kgの重量にも耐えるほど丈夫で、市場やスーパーへの買い出しに便利。ショルダーとしても使え、収納力も高い。このほか、トランク2台と街歩き用のバッグをもっていく(写真右下)

年末年始の旅へもっていく料理道具。写真は3人分。カトラリーは、使いやすいサイズのフォークに、ナイフと箸。調理道具は、庖丁が牛刀とペティナイフの2本、ピーラー、菜箸、調理にも取り分けにも使える小さめのトング、調理ばさみ、チーズおろし、軽い力で抜ける栓抜き。梱包など何かと便利なマスキングテープ、剥けずに苦労した経験から牡蠣剥きも。これらに加え、プレートにも使える小さな木のまな板をもっていくこともある。あつらえたかのようにぴったり収まる入れ物は「TEMBEA」の編み針ケース(写真左上)

料理道具で必ずもっていく調味料が胡椒。スパイスの魔術師と称されるオリヴィエ・ロランジェ氏の調味料専門店「エピス・ロランジェ(Epices Roellinger)」のもので、パリへ行くたびに買い足している。「驚くほどの種類の胡椒が並んでいて、そのいくつかを自分でブレンドしたもの。本当に香り高い」(写真右上)

「MAISON TAKUYA」の財布は、「コンパクトで、デザインがかわいいので気に入っている」。旅先でも使い慣れたものをもちたいと、同じもので色違いをふだん用、旅先用と使い分けている。手前のトリコロールカラーが旅先用(写真下)

武井さんが旅先で出合ったもの

プラハに住む友人の家で、1本100円だったという古いクリストフルのカトラリーに出合い、その使いやすさとストーリーに惚れ込んだ武井さん。2015年に「1本100円のクリストフルをプラハで探す旅」を決行し、奇跡的にこのフルセットに出合うことができた(写真上)〈*〉

ビンに入っているのは、旅先の市場で食材を買ったときに付いていた輪ゴムの数々。「アスパラに巻いてあるゴムとか、かわいいんだよね。もったいないから持って帰ってきていたら、いつの間にかこんなにたまっちゃった」。何とも武井さんらしい視点(写真中左)

「次に行くときにわかりやすいように、通貨を国ごとにガラスびんにわけて保管しています。今はやっていないそうなんですが、伊藤まさこさんのアイデア」。びんは、現地で購入したジャムや調味料が入っていたもの(写真中右)

パリに行くたびに自分のお土産として1本ずつ買い足している、ラギオール村のナイフ。フランス南西部にあるラギオール村で、職人がひとつひとつ作り上げる、クラフトマンシップあふれるカトラリーだ。写真は近年、ヴォージュ広場近くにあるアンテナショップ「Coutellerie Laguiole Paris」でまとめて購入したもの。6本すべて異なる木が使われ、それぞれフォークとペアになっている(写真下)〈*〉

吉川が選ぶ「武井さんに旅に持って行ってほしいもの」

最後に、吉川が武井さんに、旅へ持っていってほしいものをプレゼント。選んだのは「TAMPICO」の「BIVOUAC (ビバーク)L」。「ホテルってものの置き場に困りませんか? このバッグは薄くたためるので、トランクに入れていって、ホテルで収納ケースやランドリーバッグとして使っていたけたらと。ファスナーが付いているので見せたくないものも隠せるし、すぐに取り出したいものを入れておけるポケットもあって便利です。もちろんバッグとしておお使いいただいても」(吉川)。

「飛行機に持ち込むバッグとしても良さそうです! スリッパやガウンをぽんと入れておいて。うれしいです、ありがとうございます」(武井)

対談を終えて

“おいしかったもの”よりも“まずかったもの”のほうが印象に残ったり、トラブルをも楽しんだりするところに、武井さんの旅人としての「力」があるように感じました。旅の概念をくつがえすようなハプニングの連続ですが、まるでそれを求めていっているような気がします(笑)。武井さんは本物の「旅を楽しむ達人」。「旅は引っ越し」は名言です。

パリって、美しく洗練されているだけでなく、実はハードで野性味があったりもする。僕にとって武井さんは、そんな“男のパリ話”ができる相手。楽しい時間を、ありがとうございました。(吉川)

武井義明さん 編集者。「ほぼ日刊イトイ新聞」では、コンテンツの編集と執筆、商品開発にたずさわる。これまで30カ国、150都市に訪れたという旅の達人。料理はプロ級の腕前で、旅先ではキッチン付きの宿に泊まり、現地の食材を使って自炊することを楽しむ。著書に「フィンランドのおじさんになる方法。」(KADOKAWA)、「調味料マニア。」(主婦と生活社)がある。

PHOTO:
有賀 傑
※旅先の写真、「武井さんが旅先で出合ったもの」の*は武井義明さんご提供
TEXT:
古山京子(HELLO, FINE DAY!)

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武井義明さん〈後編〉