帽子ブランド「mature ha. 」の高田雅之さんと高田ユキさんに旅のお話を伺う「旅する人々」の後編。今回は、旅のピンチを切り抜く方法や、パリでのお買い物事情について、お話を伺いました。
前編はこちら
旅先を決める基準は、建物と景色
–––パリを拠点としたお二人の旅ですが、旅先はどのように決めていますか?
高田雅之(以下、雅之) 建物とか景色で選ぶことが多いですね。
吉川修一(以下吉川) 建物を見るのはもともとお好きだったんですか?
高田ユキ(以下、ユキ) 20代のころ、彫金家のもとで働いていたのですが、その方がモダニズム建築が好きで、アトリエに資料がたくさんあって。私も興味をもつようになりました。
建物全体を見るのも好きなんですが、気になるのはディティール。なので、ディテールにこだわっている建物をよく見に行きます。かなり近くに寄って見たりしているので、はたから見ると変な人と思われているかも(笑)。
吉川 特にフランスは建築の宝庫ですよね。街を歩いていると、デコラティブな建築が並ぶなかに、ふとモダンな建築が入ってくるときがあって、それがすごい良いなと思います。これまで印象的だった建築はありますか?
ユキ ヘルシンキのアアルト(フィンランドを代表する建築家アルヴァ・アアルト)の自邸とアトリエは印象に残ってます。
雅之 以前、アアルトのアトリエを写真で見て、働く環境として理想的だなと思っていて。ちょうど、自分たちのアトリエを改装したいと思っていた時期だったので見に行くことにしました。でも、実際に見るとあまりに立派すぎて、残念ながら参考にはできなかったんですが(笑)。
2018年にはフィンランドへ。この年は忙しく、ホテルで仕事をし、少し時間ができたときに建築を見に出かけた。写真は、同国の建築家、アルヴァ・アアルトの自邸〈*〉
吉川 僕もアアルトのアトリエ、行きましたよ。見学ツアーに参加したのですが、アトリエの1階にある食堂がすごく好きでした。
雅之 僕たちも見学ツアーに参加して、その空間で話を聞きました。終わると他の人たちはすぐに出ていっちゃいましたけど、彼女はずっとそこにいて。そこでも変な日本人に見られてました。
ユキ (笑)。たしか平面上、奥に向かって広がっていて、落ち着いた雰囲気でしたよね。あそこも忘れられない空間です。
ヘルシンキにあるアアルトのアトリエ。建築のディテールを見るのが好きというユキさん。写真左上には、手すりをじっくりと見るユキさんの姿が〈*〉
–––2017年にはマルセイユの「ユニテ・ダビタシオン」(建築家のル・コルビュジエが設計した集合住宅)にも行かれたとか。
雅之 最初はマルセイユの中心部にある別のホテルに1泊しました。ちょうどサッカーのワールドカップの期間中で、レストランで日本戦を観戦して。マルセイユのチームで酒井宏樹選手が活躍していたときで、現地の人が「酒井はどうだ?」なんて話しかけてくれたんですけど、彼女はサッカーをよく知らないから「まぁまぁだね」なんて軽く受け流して(笑)。現地の人が拍子抜けしていたのがおもしろかったです。
ユキ (笑)。「ユニテ・ダビタシオン」はその翌日に泊まりました。調べてみると、Booking.comから予約ができるし、宿泊価格もお手頃だったので。シャルロット・ペリアンがデザインしたキッチン付きの部屋に1泊できました。
吉川 建物はどうでしたか? 僕はマルセイユに行ったときには時間がなくて行けなかったんですよ。
フランス・マルセイユにある「ユニテ・ダビタシオン」は、同国の建築家、ル・コルビュジエが設計した集合住宅。住居だけでなく、郵便局や店舗、屋上庭園、幼稚園など都市の機能が一つの建築に統合されている〈*〉
ユキ ロビーに入ると、あの「モデュロール」(コルビュジエが、人体の寸法と黄金比から作った建造物の基準寸法)がビシっと描かれていて、それだけで「おぉっ!」と……。客室とレストランのある3階と屋上庭園を見ることもできました。
雅之 もともと、この2年前にペリアンのキッチンの一角がニューヨークのMoMAに展示されていたのを見て、実際に見たいと思っていたんです。とても素敵でした。
吉川 温かみが感じられますよね。引き手とかの木の使い方がいい。
雅之 日本人になじみがある雰囲気ですよね。その時、帽子のサンプルを持って行っていたので、撮影を試みたのですが、結局うまく撮れずに諦めました(笑)。
お二人は、シャルロット・ペリアンが設計した部屋に宿泊(写真上左・右)。写真下は共用廊下〈*〉
パリのホームセンターがテリトリー
吉川 パリでは、どこに宿泊されることが多いですか?
雅之 昔はアパートをとっていたんですけど、今は展示会場近くのホテルです。最近は1区の「ドローイングホテル(Drawing Hotel)」に泊まることが多くなりました。
吉川 そういえば昔、パリ市内をタクシーで走っていたら、高田さんが大きな荷物を担いで歩いているのを見かけたことがあるんですよ。
パリでは展示会場(写真下)の周辺で過ごすことが多い。「CAFE VERLET」(写真左上)はお気に入りのカフェ。写真右上には、トランクをいくつも持って横断歩道を渡る二人の姿が〈*〉
ユキ 私たち、展示会中はいつも大量の荷物を持ってパリの街を歩いているので(笑)。ホームセンターにもよく行きますね。
吉川 ホームセンター? 「ベー・アッシュ・ヴェー(BHV)」(1856年創業の日曜大工用品と生活雑貨に特化したデパート)とかですか?
ユキ 「ベー・アッシュ・ヴェー」は価格帯が高いので、「ルロワ・メルラン(Leroy Merlin)」によく行きます。パリでもミラノでもニューヨークでも、会場のブース設営のためにホームセンターに行くんです。
雅之 展示会のときは、2日前の夜に現地入りして、前日の搬入日の朝から買い出しに。台車と大きな天板を買って、Uberで会場まで運ぶんですけど、ベンツのバンだったりすると、ドライバーに天板を載せるのを嫌がられたり、呆れられたり、怒られたり……、心が折れますよ。「この天板と一緒に写真撮ってもいい?」と面白がってくれる方もいましたけど(笑)。
でも、海外のホームセンターって楽しいですよね。例えば軍手とか、小さなテーブル、折り畳みのアイロン台……、日本で普通に売れそうな可愛いものが並んでいて、それに手頃で。
吉川 海外って、何でもないものが可愛いですもんね。カラフルだったりして。
ユキ あと、よく行くところといえば、食材のセレクトショップの「メゾン・プリソン(LA MAISON PLISSON)」。地産地消の生鮮食品や小規模生産された製品が売られていて。
パリに行くと、パスタや缶詰などの保存食を買って帰ることが多い〈*〉
吉川 僕、知らなかったです。普段は、パリ滞在の20%ぐらい「ボン・マルシェ(Le Bon Marché)」(パリにある世界最古の百貨店)にいて……。
ユキ わかります! 私も調味料など持ち帰りやすいものを買うことが多く、「ボン・マルシェ」や「モノプリ(Monoprix)」の食材売り場で探します。「モノプリ」は街中にある高級スーパーで、「ボン・マルシェ」より行きやすかったりします。
雅之 海外に行くと、現地の「良いもの」にいっぱい出合えますよね。いろいろなところに行って、いろいろなものを見るほど、日本はアジアの一地域に過ぎないと思わされます。
吉川 当然、日本には良いものがたくさんあるんですが、海外に行くほど、そうじゃないカテゴリーのものが見えてきて、感覚がちょっとズレますよね。そうすると、“もの”との距離がまた違って見えたりする。だから、“旅”は“住む”ともまたちょっと違うような気がしています。
ユキ わかります。私も定期的に海外へ出て、日本と日本以外の地域を比較しているんだと思います。私たちにとって、とても大事なことのように感じています。
攻めと守りのバランスで、旅先のトラブル回避
吉川 お二人は日本と海外を行き来する生活を続けていて、本当にすごい。海外って予期せぬことがふつうに起こるじゃないですか。それがよくわかるので、なおさら尊敬してしまいます。
ユキ 海外で大変なことって、だいたいトラブルだと思うんですが、彼はそのトラブル回避を事前に仕込むんです。ディフェンスなので……
吉川 え? ディフェンスですか?
ユキ 彼は昔からサッカーをやっていて、ポジションがディフェンス(守り)なんです。なので、何をするにも守りの話になるんです。
吉川 へぇ! 例えばどんなことですか?
ユキ 些細なことですが、海外へ荷物を送るとき、外装が潰れていることって多いと思うんです。でも彼は、そこまでしないとダメなのかなと思うほどの対策をするので、「mature ha.」の帽子はいつも綺麗に届くってお客様から言われます。
雅之 最初に荷物を海外へ送ったときに、「われもの注意」のシールを貼っていたにもかかわらず、業者がダンボールをバンバン投げていたり、トラックの荷台がぐちゃぐちゃなのを見たんです。これはもうどうしたって防ぐのは無理だと思って。それ以降、海外に送る荷物は、投げられても上下が逆さまになっても大丈夫なように工夫して梱包しています。
サッカーでは、ディフェンスは失点ゼロにしないといけない。これがダメでも次があって、その次もあってっていう、何個もディフェンスラインを用意する。そんなイメージ。
吉川 海外に行けば行くほど、そういうのが身につきますよね。僕も空港には3時間前に必ず着くよう心がけています。高速道路で事故が起こるとか、何度もトラブルにあってきたので(笑)。
雅之 僕の場合、英語やフランス語がほとんど喋れなく、トラブルがあったときに回避できないから、というのもあります。
ユキ 私もカタコトなんです。なのに、2014年に「メルシー(Merci)」(パリのマレ地区にある人気のセレクトショップ)でポップアップショップをやることになったりして……。でも、帽子があれば、コミュニケーションがとれちゃう。“もの”って頼れるなぁと思います。
吉川 さっきのディフェンスの話でいうと、ユキさんがオフェンスなのかもしれないですね。お二人はとてもバランスがとれているように感じる。
ユキ 本来、私も守りのほうなんです。でも、彼はそれ以上の守りで(笑)。二人で仕事を始めた当時は、互いに押し合っていたんですけど、向こうの押す力が強くて、おのずと前に出されちゃったみたいな感じです。
若いころはマイナスのことをあまり口に出したくなかったのですが、今はクレームなども言えるようになりました(笑)。特に海外では、言わないと伝わらない場面もあるというか。
吉川 よくわかります。あちらでは、言っても駄目じゃないんですよね。「あ、そうか」って納得してくれる。
ユキ 受け入れてくれますよね。逆に、何も言わない人はあまり考えていない人だと思われてしまうこともあるように感じています。今は自分の考えをきちんと伝えることも大切だと思っています。そうした自分の変化は、旅が影響を与えたことの一つかもしれませんね。
高田雅之さん・ユキさんの旅の必需品
旅で使用するトランクは、ドイツのスーツケースブランド「リモワ(RIMOWA)」とイタリア・ミラノのスーツケースブランド「FPM(ファブリカ ペレッテリエ ミラノ)」。軽くて丈夫な「リモワ」には、展示会のための商品サンプルを入れる。2人旅にも関わらず、スーツケース5、6個になるという。
雅之さんが冬の旅に必須なのが、「Goldwin」が展開するアウトドアウェアブランド「icebreaker」のメリノウールインナー。繊維が細く、柔らかいメリノウールは、保温性と吸湿性に優れ、防臭効果もあると言われている。「2枚あれば、2週間くらいは全然いけちゃう」のだそう。(写真上)
「BOSE」の「SoundLink Micro Bluetooth® speaker」は、ホテルで音楽を聴く際の必需品。「最近のホテルにはスピーカーが付いていることが多いですが、古いホテルには付いていない。1週間音楽を聴けないと気が狂いそうになるので」(雅之)。10年ほどクラブジャズのDJをしていたという雅之さんが愛聴するのは、主にジャズやブラジリアン。(写真上)
帽子は常に被っているという雅之さん。移動中は座席にもたれることもあり、「mature ha.」の「pleats knit cap」、「slant cutting knit cap lamb」などつばのないニット帽を。「移動中は、ニット帽じゃないと眠れなくなってしまいました」(雅之)。(写真下)
ユキさん愛用の「Johanna Gullichsen」のトートバッグは荷物がたくさん入るだけでなく、軽いのが利点。柔らかいので口を広げれば大きな荷物が入り、荷物が少ない時は口をクルクルと折ればコンパクトに。ユキさんは服を入れたり、バッグに入れて持ち運んだりしているそう。
高田雅之さんとユキさんが旅先で出会ったもの
ロサンゼルスのインテリアショップ「OK the store」で出合った陶芸作品。「作家名を忘れてしまったのですが、フォルムと土の素材感、釉薬の大胆さが気に入りました」(写真左上*)
Mark Copposによる木工作品は、陶器メーカー「HEATH CERAMICS」のロサンゼルスショールームで見つけたもの。丸太から削り出した木目の美しさ、ひとつひとつ異なる表情に魅了され、こちら以外にも2点購入した。(写真右上*)
フランスのファッション&カルチャー誌「ENCENS」は日本未発売のため、パリ出張のたびに購入しているもののひとつ。「いつもパリの「Ofr Bookshop」で購入していたのですが、最近は取り寄せて定期購読しています」。(写真下*)
パリ出張の際には必ず買うのが、保存のきく調味料。どちらも「メゾンプリソン」で購入。ゲランドの塩(写真左)はパスタを茹でるときに使用している。「フランスの老舗スパイス問屋「Thiercelin」のスパイスソルトのお肉用(写真右・赤のラベル)は毎朝、鉄のフライパンで目玉焼きを焼く時に欠かせなく、今3本目です。あまり魚を焼くことがないので、魚用(写真右・水色のラベル)は出番少なめですが、爽やかな香りでとても美味しいです」。〈*〉
吉川が選ぶ「旅に持って行ってほしいもの」
最後に恒例となった、吉川が「旅に持って行ってほしいもの」をプレゼント。選んだのは、フランスのバッグブランド「TAMPICO」のトートバッグ。雅之さんには「BOXED HAT」の箱が入るサイズで、収納にも使える「MILA」、ユキさんにはトランクに入れて手軽に持っていける小ぶりなサイズの「BEACH BAG」を。「お二人とも、いつもシンプルで素敵な着こなしをされていて、質がものすごく良いものばかり。なので、一番ミニマムな形で飽きのこないものを選びました。バッグとしてはもちろん、雑誌や小物を入れて収納として使ってもらえたら嬉しいです」(吉川)
対談を終えて
「挑戦」という言葉が似合うお二人は、いつもすごくパワフル。そのエネルギーがあるから、「mature ha.」の帽子が世界に届いているのだなと改めて思いました。「攻め」と「守り」のお話に象徴されるように、お二人のバランスがとても良いからこそ、唯一無二の世界ができあがっているのでしょうね。こちらまで元気が出てくるような素敵なお話をありがとうございました!(吉川)
高田雅之さん・高田ユキさん 「帽子をあたりまえにかぶる生活を知ってほしい、楽しんでほしい」という想いから帽子ブランド「mature ha.」を立ち上げる。神戸を拠点に、かぶり心地や素材感にこだわった、日常を少し豊かにする「新しい帽子」を提案。無駄な装飾を省いたシンプルなデザインは自由度が高く、形を変えたり、複数のかぶり方ができるものが多い。帽子の楽しみを広げるデザインが世界中で愛されている。https://www.mature-kobe.com
- PHOTO:
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有賀 傑(*以外)
*は高田雅之さん・ユキさんご提供
- EDIT:
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古山京子(Hi inc.)
- TEXT:
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野村慶子