Travelogue

| 旅する人々 |

mature ha.
デザイナー 高田雅之さん・ユキさん〈前編〉

かぶり心地や素材にこだわる帽子ブランド「mature. ha」のデザイナーである、高田雅之さんと高田ユキさん。今回は、お二人がパリ出張の合間に楽しむ“小さな旅”についてお聞きしました。

旅好きのSTAMPSディレクター・吉川が旅の話をする「旅する人々」。第5回にお迎えしたのは、帽子ブランド「mature ha.(マチュアーハ) 」を主宰する高田雅之さんと高田ユキさんです。

「帽子をあたりまえにかぶる生活を知ってほしい、楽しんでほしい」。そんな想いから誕生した帽子ブランド「mature ha.」。装飾的な要素をそぎ落としたミニマルなデザイン、素材の持ち味をいかしたフォルムや快適なかぶり心地……。ディテールにこだわり、帽子をかぶる楽しさを教えてくれる「mature ha.」は、日本だけでなく海外にも多くのファンがいます。今回は、東京で行われた展示会場にお邪魔して、お話を伺うことにしました。

2022年2月、東京にあるヴィンテージマンションの一室で行われた「mature ha.」の展示会。今回はここで高田雅之さんとユキさんに旅のお話を伺った

–––はじめに、お二人と吉川さんとの出会いを教えてください。

吉川修一(以下吉川) 初めてお話したのは、「インテリアライフスタイル」(インテリアとファッションの合同展示会)だったと記憶しています。新星がヒュって現れたなと感じました。「mature ha.」の帽子は、かぶりやすさや持ち運びやすさなどの機能をスマートに解消されていて、異彩を放っていました。その後、共通の知人を介して知り合い、空港やパリの蚤の市、展示会場でばったり会って、少しずつお話するようになりました。

高田雅之(以下、雅之)パリでは結構な頻度でお会いしましたよね。

吉川 「プルミエール・クラス(Première Classe)」(パリで年2回開催されるファッション展示会)の会場をうろうろしていたら「mature ha.」のブースがあり、共通の知人と盛り上がって。不思議なもので、海外で会うと急速に打ち解けちゃうんですよね。

その後、2018年に「STAMP AND DIARY HOME STORE 広島店」が増床する際、自社製品だけでないブランドも店頭に並べたいと考えたときに、真っ先に思い浮かんだのが「mature ha.」でした。そう考えるときっかけはパリ、まさに旅先でした。「mature ha.」は国内だけでなく、海外の展示会に数多く出展されていらっしゃいますよね?

雅之 2013年から毎年、年2回「プルミエール・クラス」に出展を続けています。あとはパリ・メンズ・ファッションウィーク、2017〜18年はニューヨークとミラノのファッションウィークにも出展しました。

ただ、1年に2回、3都市回るのは体力的に過酷で(笑)。1カ月くらい会社をあけることになるので、仕事もまわらないですしね。ニューヨークとミラノはショールームがあるので任せることにして、直接行く機会は減りました。それでも毎年2回はパリに行っています。

吉川 そうすると、10年近く、日本と海外を行き来するような暮らしをされているんですね。もともと海外はよく行かれたりしていたんですか?

雅之 僕は全然行かないほうだったんですよ。

高田ユキ(以下、ユキ) 私はプライベートでよく旅行に行っていましたが、一緒に仕事をするようになってからは日々に追われて、10年ほど海外へ行く機会がなかったんです。2013年に初めて海外の展示会「フーズネクスト(Who’s Next)」に出展することになって、それ以降、海外にたびたび行くようになりました。

パリを拠点に、“ちょっとだけ”楽しむ余暇

–––お仕事以外でも旅に行かれていますか?

雅之 「フーズネクスト」に出展した翌年、ポーランドに行ったんです。ポーランドには「mature. ha」の「FREE HAT」などに使う主にウールのフェルト帽体を生産している「POLKAP(ポルキャップ)」という工場があって、展示会のあとに急遽行こうということになって。

写真中央の「FREE HAT」は、つばを折り返したり、頭頂部分を凹ませて自由に形を変えられる人気の帽子。この原材料にはやわらかく上質なウールのフェルト帽体が使用されている

吉川 ワルシャワですか?

雅之 クラクフです。「日本人が来るのは久しぶりだ」って言われましたね(笑)。すごくあったかい国というか、人当たりがすごく良くて。じっくりゆっくり工場を見学させてもらうことができました。

※ポーランド・クラクフの街の様子とPOLKAPのものづくりについては、「marure ha.」のウェブマガジン「MAKING THINGS」に詳しく書かれています http://makingthings-matureha.com/vol-1

ユキ  その翌年から、年1回だけですが、そういうふうに展示会をメインにしながら、出張中必ず2〜3日オフの日を設けて、旅行をするようになりました。夏の展示会シーズンは、自分たちの仕事も少し落ち着くので、どうにか行けそうと。

吉川 どうにかなると、わかっちゃったんですね(笑)。

雅之 ただ、商品サンプルと自分たちの荷物をスーツケース6個に入れて手で持っていくので、移動が大変なんです。だから、パリを拠点にして、シャルル・ド・ゴール国際空港の近くのホテルに荷物を預けて旅行に行くようにしています。

mature ha.のものづくりに影響を与えたノルウェー

–––これまで行ったなかで、心に残っている旅はありますか?

吉川 かなりいろいろ行かれていますよね。ノルウェーにも行かれているとか。

ユキ ノルウェーは2016年に行ったんですが、私たちの中でもすごく印象に残っていて。実は、主人(雅之)がSF好きだったのがきっかけだったんです。

吉川 SF好きとは初耳です!。

雅之 あまり言ってないですね(笑)。

ユキ 以前一緒に、映画「エクス・マキナ」(2015年、イギリスのSFスリラー映画)を観たんですけど、冒頭のシーンがすごくて。大自然に囲まれた山岳地帯の中にモダンな建築があって、主人公がそこにヘリコプターでポンと落とされるんです。そこの景色がすごいインパクトで。モダンというか不思議な入り口がポコッと一つだけあるんです。

調べてみたら、そこは「ジュベ・ランドスケープ・ホテル(Juvet Landscape Hotel)」という宿泊施設だったので、行ってみたくなって。ホームページがあったので出発の2週間くらい前にメールを入れたら、2日間なら宿泊できるという、2行くらいの短い返事がぽんと返ってきたので、行くことにしました。

目的地の「ジュベ・ランドスケープ・ホテル」は、ノルウェーのオースレン・ヴィグラ空港から向かった。豊かな自然が広がる地域だ〈*〉

吉川 パリから直行ですか? 小型機で?

ユキ はい。小さな空港で、ノルウェーの中でもかなり辺鄙なところでした。パリを拠点にすれば割とどこでも行きやすいですが。

雅之 ただ、着いたらタクシーがいなかった。そもそも街中に行くバンが1台しかなくて、それを逃すと、もうタクシーさえないんです。

ユキ さらに、バンの運転手さんが「もう夕方だから家に帰りたい」と。街中で降ろされて、ホテル方面に行く人を紹介してもらって、しばらく待つことになりました。

吉川 その街には夜に着いたんですか?

ユキ 夕方ぐらいですかね。ノルウェーだと23時以降でも明るいんですよね。夜中2時3時までうっすら明るかったです。

吉川 実際に、その建物をご覧になってどうでしたか?

客室が個々に点在し、まるで森のなかで過ごしているかのような気分になる「ジュベ・ランドスケープ・ホテル」〈*〉

ユキ 建物自体はとても小さくて、一部屋一部屋が独立した建物になっているんです。入り口も1mぐらいでとても狭くて、電話ボックスみたいな雰囲気で。狭いのに構造や動線がいろいろ考えられているから、映画であんなにもインパクトのあるシーンが撮れたんだな、と感銘を受けました。別名「ランドスケープ・ホテル」とも呼ばれているのですが、部屋は全面ガラス張りになっていて、目の前に大きな滝つぼが眺められるんです。そのうしろには、アルプスの山のような景色が広がっていて。

あとびっくりしたのは、夜中の2時3時まで明るいので、どうやって眠るんだろうと思っていたんですけど、ベッドのある場所がすごく狭くなっていて、そこに頭を突っ込むようにして寝るんです。

共用のサウナ棟は徒歩で向かう必要がある。全面ガラス張りの開放的な空間だ〈*〉

吉川 要は、暗い環境を作るために?

ユキ そうです。試してみると、睡眠モードのスイッチが入って熟睡できて。工夫されているなと思いました。

吉川 北欧ならではですね。面白い!

雅之 その時、メールでやり取りをしていたオーナーさんに、お土産として「mature ha.」の「BOXED HAT」をプレゼントしようと。

でもそのオーナーは背が高く、帽子が入らないくらいとてもガタイの大きな方で……。それに、ご本人がそのときにかぶっていた帽子はフェルト製で、油分で霧や小雨が簡単にはじけるようなものでした。

「うちのこの帽子の素材は紙なんですよ」と伝えたところ、「ここで使うと、きっとすぐダメになっちゃうなぁ」と。そこは夏でも雪が降るし、晴れているときでも雲がかかっていて、霧がずっと出ているような環境でした。

「ジュベ・ランドスケープ・ホテル」の食堂は、約100年前の牛小屋をリノベーションした空間〈*〉

ユキ 「残念だったね…」と言い合いながら帰りました。それで、この帽子に撥水性を持たせることはできないかなと、帰国後すぐに相談し合って。

吉川 逆に、アイデアが湧いてきたんですね。

雅之 そのあと、ペーパーブレードでも糸から撥水をかけられることがわかりました。糸からの開発だったこともあり、2年ほどかかってようやくウォータープルーフのペーパーブレードハットができ上がりました。

ユキ 私たちが住んでいる神戸はあまり霧が出たりしないので、普段の生活のなかでは思いつかないことでした。

写真左は 「BOXED HAT」。箱の中に帽子がすっぽりとおさまるペーパーブレード製の帽子で、クシャっとしたシワ感がこなれ感を演出する、ブランドのロングセラー。写真右は、ノルウェーの旅がきっかけで生まれたウォータープルーフタイプの「waterproof paper braid light hat wide」〈*〉

雅之 いろんな場面で使ってもらえる帽子をつくりたい。その思いを再認識した出来事でもありました。お客さまのなかには農作業の際に「mature ha.」の帽子をかぶっているという方も多いんですよ。

ユキ 海や川遊びなどに持っていかれる方もいらっしゃいます。そうしたアウトドアで使う場合には、ウォータープルーフの帽子をおすすめするようにしています。

吉川 違う環境に行くことで新しい発見がありますよね。ものづくりの種が見つかるというか。

後編に続きます

高田雅之さん・高田ユキさん 「帽子をあたりまえにかぶる生活を知ってほしい、楽しんでほしい」という想いから帽子ブランド「mature ha.」を立ち上げる。神戸を拠点に、かぶり心地や素材感にこだわった、日常を少し豊かにする「新しい帽子」を提案。無駄な装飾を省いたシンプルなデザインは自由度が高く、形を変えたり、複数のかぶり方ができるものが多い。帽子の楽しみを広げるデザインが世界中で愛されている。https://www.mature-kobe.com

PHOTO:
有賀 傑(*以外)
*は高田雅之さん・ユキさんご提供
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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