Travelogue

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CAFE Ryusenkei
合羅智久さん〈後編〉

「CAFE Ryusenkei」を営んでいる合羅さんは、どのように日本国内を旅されているのでしょうか。旅先でのエピソードに加え、旅をすることで生まれてきた合羅さんの「日本への想い」とは?

前編に続き、後編では場所を合羅さんのご自宅に移して、近年のライフワークになっている日本の旅についてお話を伺います。

箱根にある合羅さんのお住まい。合羅さんが好きな建築家のひとり、吉村順三氏が手掛けた集合住宅の一室で、家具や建具などが竣工時のまま残されている貴重な空間だ

日本の原風景に出会う旅

–––合羅さんは国内もよく旅されているとか。旅先はどうやって決めているのですか?

合羅智久さん(以下、合羅) 毎年同じ時期、ある宿泊先を訪れることに決めています。二つあって、一つは「志摩観光ホテル ザ クラシック」。時期は1月中旬頃で、そこを拠点に旅をします。去年は奈良、今年は京都へ行きました。

吉川修一(以下、吉川) なぜ毎年、志摩観光ホテルに?

合羅 単純に好きなんです。設計は建築家の村野藤吾さんで、数年前にサミットがあった際にリノベーションされたんですが、竣工当時のオリジナルの雰囲気が残っていて。クラシックホテルが好きだから、定点観測の意味もありますし、去年1年間頑張ったご褒美でもある。だから毎年年明けに行くんですよ。

吉川 お仕事柄、年末年始はお忙しいですもんね。

合羅 そうなんです、箱根はお正月が忙しいので。頑張って仕事して、落ち着いてからそこに行くという、もう5、6年は続けているルーティンみたいなものですね。もう一つは、能登半島の最端にある珠洲市の「湯宿さか本」。僕が日本で1番好きな旅館です。そこはね、究極の“引き算”なんですよ。今の時代、過剰なサービスが多くて、値段もそれに伴って上がりがちですが、さか本は本当に必要なものだけがある。

僕たちが宿選びで重きを置くのは、食事とお風呂と寝るところなのですが、さか本は、そこに注力しているんですよ。食事も素晴らしいですが、いわゆるゴージャスな食事じゃなくて、地のもの・旬なものを使って、調味料などもこだわっている。さか本のご主人は、僕が好きな料理研究家の辰巳芳子さんに師事されていたそうで。料理がおいしいうえに、地元・輪島塗りの器などでいただけるんです。お風呂は薪で沸かすのですが、なんと浴槽も輪島塗りなんですよ。

吉川 浴槽が輪島塗り? それはすごい!

合羅 浴槽は2畳ほどで、女性は朱色、男性はあずき色。薪で沸かしたお湯だから柔らかいんですよね。お布団も、糊がパリッと効いていて気持ちがいい。一方で冷暖房や、歯ブラシやシャンプーなどのアメニティはない。トイレは和式で、洗面所も昔の学校みたいに大きな洗面台に蛇口が数個並んでいて、吹きさらしだから雨風が入ってきそうな感じで。

人によって好みが分かれる宿かもしれません。でも、僕は食事とお風呂と寝るところの3つがちゃんとしていればいい。僕もサービス業をやっていますけど、さか本に行くと基本に戻れるというか「あ、そうだよね、やっぱり引き算だよね」って思えるんです。僕のカフェも物理的に狭くて制約がある。でもやれることを絞ったほうが、結果、個性が出るんですよね。あれもこれもってなっちゃうと個性が薄まってしまう。さか本に行くたびに、そんな「引き算の美学」が確認できる。

吉川 毎年、いつ頃に行かれているんですか?

合羅 5年ほど前から毎年10月中旬から下旬ごろに行っています。なぜかと言うと、松茸のシーズンなんで食事が松茸尽くしなんですよ!

吉川 それはいいですね! 周りの観光などもされるのですか。

合羅 はい。直近の旅では、友人夫妻2組とさか本で合流しました。僕らは松本から入り、上高地、飛騨高山、白川郷、五箇山へ立ち寄ってからさか本へ。そのあと、福井、岐阜の郡上八幡、中津川、そして松本へ戻る。これでだいたい1週間の旅ですね。

吉川 すごく充実していますね。旅はいつも1週間ぐらいかけているのですか?

合羅 いつもそうですね。1月に志摩観光ホテル ザ クラシック、10月にさか本、それとゴールデンウィークの繁忙期を頑張ったご褒美として5月中旬に旅するのですが、だいたい1週間です。

合羅さんが毎年訪れる「志摩観光ホテル ザ クラシック」。建築家の村野藤吾さんが手掛け、昭和26年に開業したこのホテルは、2016年に伊勢志摩サミットの会場にもなった〈*〉

吉川 年に3回、旅をされるんですね。

合羅 季節ごとに行くようにしていて。日本は稲作の国。5月中旬から下旬は田植え、10月は稲刈りと、日本の原風景が一番感じられるシーズンなんですよね。この時期は気候もいいし、天気も安定しているので。10月後半は稲刈りと紅葉、5月は新緑と田植えと、タイミングが合えば両方を楽しめますしね。

吉川 田植えと稲刈り。まさに日本らしい。僕ね、合羅さんは日本人じゃない観点で日本を見ていると思うんですよね。すごく海外的な見方をしているという気がします。

写真上:合羅さんが定期的に訪れる建築のひとつ、栃木・中禅寺湖にあるイタリア大使館別荘。アントニン・レーモンドが設計 写真左:「湯宿 さか本」に宿泊した翌朝、空を見上げるとダブルレインボーがかかっていた。思い出に残るシーンのひとつ 写真右:合羅さんが好きな建築家、吉村順三さんが設計した愛知県立芸術大学〈以上*〉

合羅 僕のカフェは、移動ができるから「旅するカフェ」と呼んでいるのですが、箱根には世界中から観光客がいらっしゃって、そうした方々と触れ合えるので、「箱根にいながら旅ができるカフェ」でもあるんですよね。さか本も元国際線のCAだった常連さんに教えてもらいました。

吉川 海外の人のほうが逆に日本のことをよく勉強していたり、知っていたりしますもんね。

合羅 日本では当たり前でも、海外の人から見たら「なんで日本ってこうなの?」「どうしてこんなに素晴らしいの?」というのがあるようで、お話していて気づかされることがたくさんあります。僕の旅が日本の原風景に特化するようになったのも、その影響かもしれない。

僕、究極は「男はつらいよ」の寅さんがいるようなところに行きたいんですよ。田舎の駅前の安い食堂で寅さんがビール飲んでいたり、路地からひょっこり酔っ払った寅さんが出てきたり。日本の原風景ですよね。監督の山田洋次さんが素晴らしいのは、残すべき日本の原風景の中でちゃんとロケしていること。今はなくなってしまった景色や人々の営みまでフィルムに映しているから、アーカイブのような価値もある。若い頃に気づかなかった「男はつらいよ」の面白さが、年をとってようやく分かるようになりました。

古き良き日本を、次へつないでいく

–––ほかに、旅先ではどのようなものを見たりするのですか。

合羅 建築が好きなので、旅のついでに足を伸ばして建築を見に行きますね。吉村順三、アントニン・レーモンド、村野藤吾の建築などは、昔からよく見に行っていますね。実は、こういう本を旅にいつも持っていくわけですよ(笑)。

三一書房『現代日本建築家全集』。1970年代に発行された全集で、当時注目を集めていた建築家を、作品を通して紹介している全集。全24巻

吉川 ええっ、これを旅に持っていくんですか!?

合羅 車に乗せて持っていくんですよ。旅先で開いて、「この辺にこういう建築があるね」と話して見に行ったりするんです。吉村順三が手掛けた愛知県立芸術大学や、新潟県新発田市にあるアントニン・レーモンドが設計したカトリック新発田教会(写真トップ)にも行きました。

吉川 建築が好きになったきっかけがあるんですか?

合羅 僕のカフェにも置いてあるのですが、吉村順三さんの『小さな森の家』という軽井沢の別荘の写真集が好きで、いつも眺めて「こんな家に住みたいな」と思っていたんです。先ほどのミネアポリスの旅の話にもつながりますが、自然の中で暮らしたいという気持ちがずっとあって。それで吉村さんの建築をいろいろ見るようになりました。吉村さんの建築は、人間の営みを中心に置きながらも、自然との共生をなにより大切にしていることが、その美しいプロポーションから感じられます。そこが惹かれるところですね。で、吉村さんが師事していたのがアントニン・レーモンドなので、彼の建築も見るように。レーモンドが設計した栃木の中禅寺湖畔にある「イタリア大使館別荘」は定期的に訪れています。

自分にとって道標というか、灯台のような存在なんです。定点観測的に行くことで、「あ、こうだよね」と、自分の軸のブレを修正できる。さか本に毎年行くのと同じですね。

吉村順三氏の軽井沢の別荘の写真集『小さな森の家』は、CAFE Ryusenkeiに置かれている。左は「AIRSTREAM」の歴史を辿ることができるビジュアルブック

吉川 本質に触れられる場所に行くことが大事で、それがまさに合羅さんの旅なんですね。

合羅 そうなんです。今年の1月にふと「健康で旅ができたら、他には何もいらない」と思いました。だって、旅には全てが入っている。食、その土地の伝統工芸や伝統芸能、お酒。それに、新しい人との出会いもある。誰かに会いに行く旅って、旅がもっと特別になりますよね。だから、健康で旅さえできればいいやと思うようになったんです。

吉川 合羅さんは、まさに人生そのものが旅なんですね。

合羅 僕は松尾芭蕉がすごく好きなんですが、芭蕉こそまさに「人生が旅」な人ですよね。芭蕉の「奥の細道」を鉛筆で書き写したりもしているんですが、すごく面白くて。今年の1月は、芭蕉にゆかりのある滋賀の義仲寺に行きました。そこに平安時代末期の武将・木曽義仲の墓があるんですが、芭蕉は遺言で「自分の墓は木曽義仲の隣にしてほしい」と言っているんですよ、実際にそこには芭蕉のお墓や句碑もある。

俳句の世界って、先人たちが歌に詠んだ場所を訪ねるんですよね。その場所で生まれた歌を理解して、その一節を自分の歌に詠みこむことで、幾重にも意味を持たせることができる。先人たちが回った場所を歌い継いでいく。すごくいいですよね。僕も、日本の古き良き歴史や伝統文化、建築と、本質的なものを残してくれた人たちの足跡を辿っていきたいし、繋いできてくれた人たちの足跡を少しでも次に伝えられたらいいな、なんて思います。

吉川 こうやってお話を伺うと、合羅さんの前職であるディレクターという職業が、旅にも影響しているような気がします。建築や風景、歴史、文化など“いいもの”を見つけて、ディレクションしてさらに価値を見い出すというか。自分の旅も、自分でディレクションされているみたいですね。

合羅 僕はアーティストのように、ゼロから何かを生み出したりはできないんです。でも、これとこれを組み合わせたら面白いかもしれないとか、こっちの方向へ行ったらいいかも、などと考えたりすることはわりと得意な方かもしれないですね。

吉川 僕の旅もディレクションしてもらいたくなってきました(笑)。

合羅さんの旅の必需品

旅にもっていく二つのカメラ。フィルムカメラはCONTAX(コンタックス)。1994年頃に購入し、何度も修理しながら使用しているもの。CAFE Ryusenkeiのロゴの写真は、このフィルムカメラを使ってヘルシンキの「カフェアアルト」で撮影したもの。「隣でおじいさんが飲んでいて、あっと思って、一瞬だけバシッと撮りました」。デジタルカメラは富士フィルム製、ストラップはパリを旅した際にセレクトショップ「コレット」で購入したもの

ポーレックスのミル、KONOのドリッパーとコーヒーサーバー、タカヒロのドリップポット、Iwataniのコンロ、iittalaのコーヒーカップなどを揃えたコーヒー野点セット。どこへ行ってもおいしいコーヒーを飲めるように、このセットを竹籠に入れて、車で持参。ポリタンクも持って行って旅先での美味しい湧き水を汲むことも。旅先でも、起きたらまずコーヒーを淹れるそう。「旅先でも、なるべく日常と同じように過ごすようにしています」(写真左)

愛用しているスーツケースは、機内に持ち込み可能の小さめサイズのドイツ製のRIMOWA(リモワ)。カメラなど貴重品をRIMOWAに入れて、着替えなど必要最低限の荷物はダブルバックに入れる。「旅先には着古した洋服で行って、使い倒して新しいものをその場で購入するのが好きなんです。だから、海外どこに行ってもあるような定番商品をよく着ています。コンバースやリーバイスはどこにでもあるし、サイズもわかっているので。あくまで旅は日常生活の延長です」(写真右)

RIEDELのワイングラスとKINTOの樹脂製グラス、ワインオープナー。旅館やホテルの部屋には、ガラスコップしかないことが多いため、必ず持参。居酒屋などで食事をしたあと、飲み足りない時に部屋で飲む際に使う。「グラスが違うと、全然味が違うんです」と合羅さん。KINTOのグラスは樹脂製なので「酔っ払って落としても割れない(笑)」

合羅さんが旅先で出会ったもの

旅先で何かを買って帰ることはほとんどないという合羅さん。このショールはコペンハーゲンのルイジアナ近代美術館で購入したもので、作り手はデンマーク出身のベス・ニールセン。「このショールは飛行機で寒いときに身につけられるかなと思って。そういう荷物にならないものをちょこちょこ買っています」。

対談を終えて

今回改めてお話をして、合羅さんはまさに人生が旅のような方だなと思いました。一つの旅から、いろいろなお話が出てきましたよね。それは旅の目的はきちんとされていて、全てに意味や価値を持たせて、ご自身の旅をご自身でディレクションされているからこそなんですね。 旅からいくつもの引き出しが次々とあふれてきて、とても勉強になりました。合羅さん、ありがとうございました!(吉川)

合羅智久さん 移動型カフェ「CAFE Ryusenkei」オーナー。音楽専門誌の出版社を経て、レコード会社で制作ディレクターとして活躍した後、2013年に日本で初となるアメリカ製のキャンピングトレーラー「AIRSTREAM」で移動型カフェをスタートさせる。電気自動車「ニッサンLEAF」で牽引し、箱根近郊を中心にさまざまな地域をめぐる。https://cafe-ryusenkei.com

PHOTO:
有賀 傑(*以外)
*は合羅さんご提供
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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