日々の暮らしにアートを提案するプロジェクト「Life in Art」を進めてきたインテリアブランド、IDÉE。クリエーションに共感するアーティストの作品展をはじめ、IDÉE SHOPや無印良品といった店舗での展示会開催、アーティストや作家とのコラボレーション作品企画まで、さまざまな形でアートを提案してきました。
2023年11月22日〜28日、そんなIDÉEとSTAMP AND DIARY HOME STOREの初となるコラボレーションショップを、広島三越1階に期間限定でオープンします。その見どころやアートを日常に取り入れる楽しさについて、IDÉEのディレクター、大島さんとSTAMPSの代表でディレクターの吉川修一が語ります。
柚木沙弥郎さんとIDÉEが製作したリトグラフ作品。左から「アルファベット」「木洩れ日」「Life is Strange and Beautiful」〈*〉
アートを軸に「IDÉEのある生活」を提案
–––はじめに、今回のコラボのきっかけを教えてください。
吉川修一(以下、吉川) 昨年パリに出張に行った際、IDÉEの責任者の方と食事をする機会がありました。STAMPSが広島三越の1階のスペースで定期的にイベントを企画しているとお話したところ、興味を持ってくださって。IDÉEは2011年から「Life in Art」の取り組みを行っておられます。その中心を担う大島さんから、IDÉEのアートを紹介する場所にすることをご提案いただきました。
今回のイベントでは、IDÉEでも人気の山口一郎さんの原画や柚木沙弥郎さんとIDÉEが製作したリトグラフ作品やプロダクトを、IDÉEの定番家具と一緒に展示販売します。また、山口さんには初日にライブペインティングも行っていただくことになりました。
インテリアブランド、IDÉEのディレクターを務める大島忠智さん(写真左)。箱根の自宅でSTAMPS代表の吉川がお話を伺った
大島忠智さん(以下、大島) 柚木さんは全国的に知名度があり、人気の高い作家さんですが、広島市の泉美術館で何度も個展をされていたり、染色家になられる前は岡山県倉敷市の大原美術館で働いていらっしゃいました。また、山口さんは香川在住です。中国・四国にゆかりのあるおふたりにフォーカスしようと考えました。
吉川 11月23日は大島さんと僕のトークイベントも予定しています。今からすごく楽しみですね。
線一本で世界観を表現する、山口一郎さん
吉川 山口一郎さんは、色鮮やかで大胆、力強いタッチが魅力の作品を手掛けられていますよね。IDÉEと山口さんはいつからのお付き合いなんでしょうか?
大島 6〜7年前、IDÉEの商品担当が山口さんの展示会に伺った際、作品と人柄に引き込まれてオファーしたのが始まりでした。山口さんの作品の多くは線画で、それに少し色を加える作風です。初めてアートを飾りたいと考えたとき、手の込んだアートや抽象絵画をいきなり購入するのは敷居が高いですよね。山口さんの作品は軽やかで、眺めているだけで楽しくなったり癒やされたりという“多幸感”があります。IDÉEがインテリアの延長として提案するには相性が良いなと思いました。
写真上は、山口一郎さんのデザインをもとに製作されたIDÉEオリジナルのジャガードブランケット「Bird」。写真下のジクレーポスター「woman」は、山口さんの作品を手軽に取り入れられると人気〈*〉
一緒に展示会をするときには、人気のあるモチーフの作品を多めに描いてくれたり、私たちの要望に応えてくれたり、在廊の際は作品の裏にサインをしてくれたりと、サービス精神も旺盛な方です。
吉川 確かに山口さんの作品は親しみやすさがあるので、日常に取り入れやすいですね。それに、作家さんとお客さんとの距離が近くなることで、アートがより身近に感じられるように思います。今回のライブペインティングも本当に楽しみです。
作品を描く山口一郎さん。11月22日に予定しているライブペインティングでは、山口さんのエナジーあふれる姿を見られる貴重な機会〈*〉
大島 山口さんはライブペインティングの際にいつも大好きなエレカシ(エレファントカシマシ)のTシャツを着たりして、ユーモアがあってすごくチャーミングな方なんですよ。音楽もめちゃくちゃ詳しくて、レコードもたくさんお持ちですし。
吉川 僕は山口さんはロックなイメージをもっています。
大島 そうそう、そうなんです。今回はライブペインティングで、山口さんという人柄の魅力も直接お伝えできるといいなと思っています。
作品に映し出される
柚木沙弥郎さんのチャーミングさ
–––大島さんは柚木さんとともに、アートのある豊かな暮らしを提案され、その活動を記録した書籍「柚木沙弥郎 Tomorrow」も出版されています。大島さんから見た柚木さんについてぜひお伺いしたいです。
大島 2011年に僕が立ち上げたインタビューウェブマガジン「LIFECYCLING」の取材で初めてお会いしたので、12年ほどのお付き合いになります。柚木さんは当時90歳。芹沢銈介さんに師事した染色家で、まさに民藝の生き字引のような方ですが、当時の僕は柚木さんをよく知らないうえに、下調べさえもせずに取材に行ってしまって……(笑)。実際にお会いしてみると、「最新号の『POPEYE』見た?」なんておっしゃるようなシティボーイで、休日はマリメッコで買い物を楽しんでおられるとか。なんて粋な方なんだろう、という第一印象でした。
そしてご自宅には、至るところにインドやメキシコ、エジプト、アメリカなどの旅先で集めたフォークアートの“お宝”があって。僕もフォークアートに興味をもち始めていたときだったので、柚木さんの活動について取材するはずがフォークアートの話で盛り上がっちゃった(笑)。それをきっかけに交流ができたんです。僕がメキシコに買い付けにいった際のお土産を届けに行くときに、ちょうどIDÉEの新店舗を日本橋に開店することになり、今までやったことのない展示がしたいと、柚木さんにタペストリーを作ってもらえないか相談させてもらいました。
吉川 それが大島さんと柚木さんの初めてのコラボレーションなんですね。
大島 はい。型染め布をインテリア・タペストリーとして販売したいとお伝えしたところ、インテリアショップでの展示販売は初めてだと、とても興味を持ってくださいました。それまでは民藝店やギャラリー、百貨店などで展示されることがほとんどだったようで。初日は行列ができるほどの大反響で、作品はすべて完売しました。
吉川 その後も柚木さんとさまざまな取り組みを?
2014年、日本橋のIDÉE SHOPで柚木沙弥郎さんの個展「布と暮らす」を初開催。新作タペストリーを中心とした布作品をイデーの家具と合わせて提案した〈*〉
大島 はい。次に取り組んだのはリトグラフの作品でした。染色家として知られている柚木さんですが、実はリトグラフやガラス絵、立体作品なども手掛けられているんです。それに柚木さん自身、民藝の世界で生きてこられましたが、創作活動においてはもっと自由に作品をつくりたいという思いも抱かれていたようなんです。それで、染色家としてだけではないアーティストの柚木さんを知ってもらおうと。
リトグラフは、パリにある工房「idem(イデム)」で作りました。idemは、元は100年以上続くムルロー工房という名で、ピカソやマティス、ミロがリトグラフを制作した工房です。柚木さんはマティスが大好きなので、彼らがいた場所で同じ機械を使えると、とても喜んでいました。
2回目のリトグラフ制作で柚木さんとパリに行ったときに印象的な出来事がありました。当時、柚木さんは車椅子で移動されていたんですが、idemに入った瞬間、柚木さんが立ち上がってスタスタと歩き回り、とても楽しそうにidemの方と会話を始めたんです。idemがアーティストの聖地だからか、あるいはidemに何か感じるものがあったのかはわかりませんが、やっぱり柚木さんはアーティストなんだなと感じました。
パリの伝説的印刷工房、idemにて〈*Photo:Norio Kidera〉
それに柚木さんは、いくつになっても楽しむことを忘れない人ですね。同じパリでの思い出の一つですが、柚木さんの希望でヴァンヴの蚤の市に行ったんです。僕以外にも数人連れがいたのですが、そこで一人一つずつ気に入ったものを購入し、全員の前で発表するという遊びをしました。そのときの柚木さんが本当に楽しそうで! そんなふうに僕もいつまでも楽しむことに貪欲でいたいなって思いましたね。
吉川 柚木さんとIDÉEが手掛けたプロダクトからは、柚木さんのチャーミングなお人柄が感じられます。大島さん自身の柚木さんへの思いが、こちらにも伝わってくるからでしょうね。
大島 柚木さんの作品を紹介し始めたころは、柚木さんを知っている若い世代はまだまだ少なかったと思うのですが、メディアでの紹介も増え、年々注目されるようになり、20〜30代の方にも作品を購入していただくことが増えました。自由が丘店で行った2回目のリトグラフの発表会で柚木さんのトークショーを企画したのですが、会場にあふれかえるほどの人で……! アイドルかなと思うほどの集客でした。
パリの伝説的印刷工房、idemにて〈*Photo:Norio Kidera〉
吉川 すごい(笑)!
大島 それを見たとき、「Life in Art」でやりたかった若い人にアートの楽しさを感じてもらうこと、そして、アートを住まいに飾りたいと思わせる仕掛けをつくることができたという達成感がありましたね。
アートはもっとパーソナルなものでいい
–––「Life in Art」でアートを暮らしに取り入れる豊かさを提唱してきたIDÉEにとって、アートとはどんな存在なのでしょうか?
大島 僕はアートを絵や彫刻といった枠組みにとどまらないようにしたいと思っています。たとえばヴィテージの家具には経年変化の美しさがあるし、クラフトには造形美がある。フォークアートもそうした要素を含んでいますよね。僕らが決めるのではなく、見る人が「綺麗」や「可愛い」などと思えれば、それがアートではないかと。
日本人はアートに対して「きちんと理解しなければ」「この作品が良いのか悪いのか言わなければ」と、真面目に捉えがちです。でも、アートはもっとパーソナルなものでいい。IDÉEを通して、アートって心地良いな、あるいは可愛いなと感じるきっかけが作れたらいいなと思います。
吉川 IDÉEでアートを選ぶ基準はありますか?
大島 「暮らしの中で楽しめるか」という点を意識しています。家具も暮らしを豊かにする要素ですし、音楽も食も、暮らしを豊かにする要素。気に入った洋服を着ることも、アートを部屋に飾ることも、ライフスタイルです。それをIDÉEが断言するのではなく、あくまで提案として紹介をしています。
吉川 今でこそ、ファッションとインテリアの隔たりはなくなりつつあり、衣食住というライフスタイル全般の商品を取り扱う店が増えましたが、IDÉEは1990年代から衣・食・住に加え、アートや音楽も同列に紹介してきましたよね。当時はそんな店はどこにもありませんでした。そういう意味でも、大島さんはずっとトータルで暮らしを豊かにすることを考えられてきたのですね。
大島 僕は昔から「価値基準というか美意識は全てにおいてイコールであるべき」と思っていて、洋服にはこだわるけど食事はカップラーメンでいい、という人に違和感を感じていたりもした。でもIDÉEに勤める人たちはインテリアはもちろん服装にも気を遣っていたし、食に対しても意識が高くて「自分はこれが好き」というものをそれぞれが持っていて、それを見て僕は腑に落ちた。豊かさは、こうやって美意識を持って生活することなんだなと。
もともと「Life in Art」というプロジェクトが始まったのは、欧米と日本の暮らしに対する意識の違いを感じたことがきっかけではあるのですが、今、こうして山口さんや柚木さんの手を借りながら、アートを取り入れたライフスタイルの提案をして、少しずつ手応えを感じられるようになってきました。
写真左は山口一郎さんのジクレーポスターで、左は人気の「HANA」シリーズ、右は「Owl」。写真右は、柚木沙弥郎さんのリトグラフ作品「Night」〈*〉
吉川 僕自身もそうですが、IDÉEから影響を受けたり、IDÉEによって価値観が変わった人たちは本当にたくさんいる。今回広島でIDÉEの取り組みをご紹介できること、うれしく思います。
大島 実は広島で「Life in Art」が提案するアートやプロダクトを展開するのはこのイベントが初めてなんですよ。
吉川 そう考えると、山口さんのライブペインティングや柚木さんと山口さんの作品を直に見られる機会としてとても貴重。ぜひたくさんの方にお越しいただきたいですね。
大島忠智さん インテリアブランド、IDÉEのディレクター。宮崎県出身。大学卒業後、1998年にIDÉE入社。飲食事業部門のマネージャー、広報、バイヤー・商品企画・開発を経て、現在はブランドのディレクションを担当している。インタビューウェブマガジン「LIFECYCLING」と音楽レーベル「IDÉE Records」の企画・運営にも携わる。公私共に親交の深い染色家、柚木沙弥郎さんとの「草の根運動」を綴った書籍「柚木沙弥郎 Tomorrow」も出版https://www.idee-online.com、IG@oshima_tadatomo
- PHOTO:
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大森忠明(*以外)
- EDIT:
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古山京子(Hi inc.)
- TEXT:
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野村慶子
広島三越「IDÉE のある日常の暮らし」のご案内
日時:2023年11月22日(水)~11月28日(火) 10:30〜19:30
場所:広島三越 1階ステージ(広島市中区胡町5-1)
〈山口一郎さんのライブペイント〉2023年11月22日(水)11:00〜
動植物を描いた独創的なスケッチや色鮮やかで大胆な抽象画が魅力の画家・山口一郎さんのライブペインティングを開催します。
〈トークイベント〉2023年11月23日(木・祝) 11:00〜
IDÉEディレクター、大島忠智さんとSTAMPSディレクター、吉川修一のトークイベントを開催。「アートのある生活 」の取り組みや大島さんのアートと日々の暮らしについて、お話をお伺いします。