Travelogue

| 旅する人々 |

IDÉEディレクター
大島忠智さん〈前編〉

家具から生活雑貨、アートまでを提案するインテリアショップ、IDÉEのディレクター、大島忠智さん。「Life in Art」が生まれるきっかけとなったスウェーデンの旅とは?

旅好きのSTAMPSディレクター・吉川が、ご縁を感じる人たちと旅の話をする「旅する人々」。第9回にお迎えしたのは、IDÉEのディレクターとして、ブランドディレクションから企画や展示の立案・監修などを行っている大島忠智さんです。

IDÉEは「美意識のある暮らし」をコンセプトに、国内外のデザイナーらとつくったオリジナル家具を始めとする暮らしにまつわるさまざまなインテリアアイテムを取り扱う日本のインテリアブランド。2011年にはアートプロジェクト「Life in Art」を立ち上げ、時代性や知名度を問わず、IDÉEのクリエーションに共感するアーティストの作品や、造形や経年美をもつヴィンテージ、手仕事のぬくもりを感じさせるクラフトなどを通して美意識のある暮らしを提案されています。

「IDÉE」は、オリジナルデザインの家具やインテリア雑貨を取り扱うインテリアショップ。写真の自由が丘店は2023年12月にリニューアル。フラッグシップショップとして「美意識のある暮らし」をコンセプトに、国内外のデザイナーと作ったオリジナル家具、セレクトしたテキスタイルやプロダクト、グリーン、音楽や本など幅広く紹介している〈*〉

そんなIDÉEの中心で活躍する大島さんは、吉川とお仕事のお付き合い以外にも、箱根のセカンドホームで親交を深めてきたそうです。

–––おふたりは、いつごろからのお付き合いなんでしょうか?

吉川修一(以下、吉川) 「CLASKA(クラスカ)」の「お買いものしナイト“夜フリマ”」という、お酒片手に買い物が楽しめるイベントでお会いしたのが最初だったと思います。その後、仕事のつながりもありましたが、箱根のセカンドホームがご近所なこともあり、ご縁が深まりました。僕の家に泊まられたこともありましたよね(笑)。

箱根にある「IDÉE」ディレクターの大島忠智さんのセカンドホーム。大島さん自らスイッチ部分はインターネット販売で落札し、取っ手は別途注文し、建築家・吉村順三さんが手掛けたオリジナルの姿をできるだけ復元したという

大島忠智さん(以下、大島) はい、2回ぐらい泊めていただきました。吉川さんも他のみなさんも、セカンドホームをリノベーションされていて、それを参考にさせてもらい自分の家をブラッシュアップしていったんです。吉川さんのお住まいに残っている、吉村順三氏が手がけたオリジナル部分を写真に撮らせてもらったりもしましたよね。うちのお風呂場は、吉川さんのお住まいからインスピレーションを受けてリノベーションしました。

吉川 こちらのお住まいは、ひとつひとつに大島さんのこだわりを感じます。その後、大島さんとは、IDÉEとSTAMPSのコラボレーションショップを期間限定でオープンするなど、お仕事上でもお付き合いをさせていただいています。

初めて見たスウェーデンの暮らし。
豊かに暮らすことは、“心の持ち方”次第

–––大島さんはさまざまな国を旅していると思うのですが、なかでも印象深かった旅を教えてください。

大島 特に印象深いのは、初めての買い付けで行ったスウェーデンとメキシコです。スウェーデンに行ったのは2011年3月。目的地はストックホルムとマルメでした。当時の上司と私の2人で行ったのですが、実はそのころのIDÉEには、海外での買い付け経験のある人がいなかったんです。

さらに、下打ち合わせもせずに行ったので、買ったものをどう送ればいいのかわからないし、インボイスの書き方さえ知らなかった。商品を写真で記録してはいましたがサイズは測ってなかったし、金額をメモしていないものもあり……。結局、帰国の前日に徹夜でインボイスを作ったのは、今でもよく覚えています。結果、2回目以降の買い付けは、この経験を活かして準備も段取りもうまくできるようになった(笑)

スウェーデンのガラスアーティスト、エリック・ホグランのストックホルムのご自宅にて〈*大島さんご提供〉

吉川 買い付けはどんな場所へ? 

大島 最初は蚤の市も回っていましたが、最近は行かなくなりました。買い付けでは、限られた時間の中で20〜40フィートのコンテナ1つ分を埋める必要があるので、一箇所で大量購入できない蚤の市は効率が悪いんです。プライベートだったら、のんびりとアイスクリームを食べながら掘り出し物を探し回るなんて最高だと思うのですが……。なので、信頼できるディーラーやお店を訪ねて買い付けることが多いですね。ただ、珍しいものや有名なデザイナーの作品などは、個人のコレクターのもとで、数点買い付けたりもします。

–––初めて見たスウェーデンの街は、いかがでしたか?

大島 とても面白かったですね。北欧のデザインについては一応知っているつもりでしたが、実際に住んでいる人たちは日々何を大切に生きているのだろう、と興味がありました。朝早くあるいは夜遅くに街を散歩したり、買い付け先の方と一緒にご飯を食べる際に、自分が気になっていることを質問したり。実際に目で見て直接話を聞けたのはとても貴重な経験でした。そこから日本の暮らしに何が足りないか、自分は何をするべきなのか、ということを考えるきっかけになりましたね。

写真左はスウェーデンの南にあるマルメ。中世の名残を残す旧市街地と、モダンなビルが建つ新市街地が共存する町だ。写真右はマルメの北東、ルンドの大聖堂〈*大島さんご提供〉

吉川 具体的にどんな点が印象に残っているんですか?

大島 この話は自著「柚木沙弥郎 Tomorrow」(染色家・柚木沙弥郎さんとの活動を記録した書籍)にも書いたし、いろんな場所で話しているのですが(笑)、スウェーデンに暮らす人たちの家には、カーテンがそもそもない家が多くて、家の中が丸見えでびっくりしました。考えてみると、北欧は冬が長く日が照っている時間も少ないのでできるだけ太陽の陽射しを部屋に入れたいという気持ちと、それぞれの家が窓辺を綺麗にしつらえていて、暮らしを楽しんでいる印象を感じました。

吉川 「庭を見ればその家がわかる」の感覚に近いんでしょうか。

大島 そうかもしれないですね。彼らにとって大事なのは、単に贅沢で裕福な生活をするよりも、日々の暮らしこそ楽しむことなのだと感じました。日本では、休日にレジャーに行ったりリゾートホテルに泊まったり、高級な料理を食べたり、特別なことをすることが豊かなことだと思っている人も多いような気がします。それはそれで否定をするつもりはありませんが、近所を散歩したり、家族といつもの場所で過ごしたり、何気ない日常を楽しむのも素晴らしいこと。自分の心の持ち方次第なんですよね。そんなことを初めてのスウェーデンの旅で感じ、日本でも伝え続けていきたいなと思いました。

マルメの北側にある小さな村、ダーラフローダに建つ「Dala-Floda Värdshus」は、100年続く老舗宿。そこかしこにはスウェーデンの工芸品やアートが。オーガニック食材を使った料理も絶品〈*大島さんご提供〉

吉川 それが、IDÉEが提案するライフスタイルのあり方にもつながってくるのですね。ライフスタイルについて探究し続ける大島さんの姿勢は、昔からずっとぶれていないですね。

大島 自分の心の持ち方次第という意味では、IDÉEのアートプロジェクト「Life in Art」で伝えていきたいことも同様です。アートを選んだり、購入することは難しいと思われがちですが、自分にとって好きか、好きでは無いかを考えることが重要で、たとえみんながダメだと言っても自分が良いと思えばそれでいいんですよね。アートはパーソナルなものなんだから。「Life in Art」では、そうしたことを考えるきっかけを作りたいし、その大切さを伝えていきたいと思っています。

大島さんが大好きで、作品や書籍を所有しているというスウェーデンの陶芸家、シグネ・ペーション・メリンさんの同国・マルメにあるアトリエにも訪問した〈*大島さんご提供〉

旅をきっかけに考え始めた、
“本当に豊かな暮らし”とは

大島 この旅が思い出深いもうひとつの理由は、東日本大震災が起こったからです。現地で朝、打ち合わせをしていたら、コーディネーターの方に「日本が地震で大変なことになっていますよ」と言われて初めて知って。すぐに日本に電話したのですがまったくつながらないし、詳しい状況もわからなかったのですが、心配しながらも買い付けの旅を続けたんです。僕が帰国できたのは、震災の翌々日の日曜日。空港からはバスとタクシーを乗り継いで帰りましたが、途中、高速道路がところどころ陥没しているを目の当たりにして、初めて実感が湧きました。

吉川 そのころ、まだ東京は混乱の最中にありましたもんね。翌々日に無事に帰ってこれて本当によかったです。

大島 そのとき、震災をきっかけに日本で暮らしに対する考えが変わるだろうなと思いました。スウェーデンの旅で、日本とスウェーデンの暮らしの違いを感じたのと同時に、震災が起こり、日本人の価値観が変わるだろうというタイミングが重なった。だからこそ、自分ができることは何だろう、と考えさせられて。スウェーデンで見たことや感じたことを日本でも伝えていこうと改めて思ったんです。

吉川 そして、その思いが2011年から始まった「Life in Art」などのプロジェクトにつながっていくのですね。

写真左はスウェーデン・マルメ。写真右は、同国・ヘルシンボリにあるH55パビリオン〈*大島さんご提供〉

大島さんが最も好きな、
フィンランドのデザイン

吉川 大島さんはいろんな国に行かれていると思いますが、なかでも好きな国はどこですか?

大島 一番好きなのはフィンランドです。

吉川 フィンランド、いいですよね。僕も好きです。大島さんはどんなところがお好きですか?

大島 フィンランドの人たちはみんな素朴でどこか日本人と似た雰囲気を感じます。あとは、フィンランドのデザインが好きで。実はもともと、洗練された曲線美のあるデンマークのデザインが好きだったのですが、ある時、自分の好みが変わったのもあると思いますが、完成され過ぎて隙がないデザインに見えてきてしっくりこなくなりました。フィンランドのものは、ほどよい無骨さというか、野暮ったさがあるんですよね。そこが、僕が好きなフォークアートや民藝的なものと親和性があるし、余白を感じるのも惹かれるところです。

吉川 フィンランドプロダクトって、人柄がにじみ出ていますよね。こういう感じの人なんだな、というのが伝わってくる気がします。

大島さんのセカンドホームには、好きなデザイナーのアイノ・アアルトやシャルロット・ペリアンの家具が配されている。所有する小物やアートと見事に調和している

大島 僕が最も好きなデザイナーは、アルヴァ・アアルトの妻のアイノ・アアルトなのですが、彼女は1949年に亡くなっているので、いわゆるミッドセンチュリー時代を経験してないんです。だからなのか、彼女のつくるものは牧歌的で、いい意味で洗練され過ぎていないものが多い。

家具は女性デザイナーが手掛けたものが好きなんです。男性デザイナーが手掛けた家具は色気のあるものが多いのですが、女性デザイナーの場合、ストイックで機能美を追求することが多いように感じていて。この箱根でもアイノ・アアルトの椅子や、フィンランドのデザイナーではありませんがシャルロット・ペリアンのダイニングのテーブルと椅子を愛用しています。

吉川 大島さんの「好きなもの」はその理由が明確ですよね。そこに、大島さんの価値観やこだわりが伝わってきます。お好きだというフォークアートについても、ぜひお伺いしたいです。

–––では、フォークアートをめぐるメキシコの旅については、後編で伺わせてください!

大島忠智さん インテリアブランド、IDÉEのディレクター。宮崎県出身。大学卒業後、1998年にIDÉE入社。飲食事業部門のマネージャー、広報、バイヤー・商品企画・開発を経て、現在はブランドのディレクションを担当している。インタビューウェブマガジン「LIFECYCLING」と音楽レーベル「IDÉE Records」の企画・運営にも携わる。公私共に親交の深い染色家、柚木沙弥郎さんとの「草の根運動」を綴った書籍「柚木沙弥郎 Tomorrow」も出版https://www.idee-online.com、IG@oshima_tadatomo

PHOTO:
大森忠明(*以外) ※旅の写真は大島さんご提供
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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