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IDÉEディレクター
大島忠智さん〈後編〉

「IDÉE」ディレクターの大島さんが愛してやまないもののひとつ、フォークアート。後半では、フォークアートを探す波乱万丈のメキシコ旅からお話を伺っていきます。

前編はこちら

引き寄せられるように集まった、
メキシコのフォークアート

–––大島さんがメキシコのフォークアートに興味を持ったきっかけはありますか?

大島忠智さん(以下、大島) 最初に興味を持ったのは、自分が好きなデザイナーやアーティストたちの家の写真を見ると、必ずしもすべてがモダンなものやデザイナーのものだけではなく、ところどころにフォークアートや民藝品のような手仕事のものが飾ってあることに気づいたときです。誰が作ったかわからないような作品や、作り手の痕跡がある作品などを、なぜ彼らは自宅に飾っているのだろうと思い、興味をもつようになりました。

フォークアートや民藝品がもつ手の温もりであったり、「無垢さ」というかおおらかさに魅かれました。個人的にそういったものが好きになって集めていくうちに、IDÉEでも紹介する機会を作りたいと思い、買い付けに行くことになりました。

インテリアショップ「IDÉE」ディレクターの大島忠智さん(写真左)のセカンドホームへ、STAMPSディレクターの吉川修一(写真右)に伺い、思い出に残る旅の話を聞きました

吉川修一(以下、吉川) メキシコに初めて行かれたのはいつですか?

吉川 2014年頃です。その後も3回ほど行きました。最初のメキシコの旅はなかなか波瀾万丈でしたね。スタッフと2人で、オアハカで現地集合でした。

吉川 なんだか波瀾万丈の予感……。 

大島 ロサンゼルスからオアハカに行くには、メキシコシティを経由する必要があった。でも、トランジットが1時間しかないうえに遅延していて……。ただでさえ焦っていたのに、荷物検査で捕まっちゃったんです。もし間に合わなかったら、誰を頼りにオアハカまで行けばいいんだろうと、さらに焦って強い口調でまくしたてていたら、検査員が呆れて通してくれて。どうにか飛行機には乗れてようやくオアハカに着いたんですが、今度は僕のスーツケースがロストバゲージしていた。

メキシコ随一の先住民文化が色濃く残るオアハカ。村ごとに織物や陶器、木工などさまざまな民芸品が作られている〈*大島さんご提供〉

ところが窓口の人に「スーツケースが届いてない」と英語で伝えても、全く通じないんです。合流するスタッフもその日に到着する予定ではなかったし、アテンドもいない。いよいよやばいな、と思いふと振り返ると、うしろに日本人のおじいさんが立っていたんです。

吉川 気になる展開に……(笑)。

大島 そのおじいさんが近寄ってきて「なにか困っているの?」と。事情を話したところ、スペイン語で窓口の人に話をつけてくれて、スーツケースが届いたらおじいさんの家に連絡してもらえることに。そのうえおじいさんは「それまでうちに来なさい!」と。隣には30代ぐらいの娘さんらしき女性もいらっしゃったし、悪そうな人には見えないので、着いて行くことにしたんです。で、ご自宅にお邪魔すると、なんとそこにたくさんの古いフォークアートのコレクションが飾られていたんです。

メキシコの南東、マヤの末裔である先住民族が多く住むチアパス。先住民のツォツィル族が暮らすチャムラ村では、羊を育てるところから糸を紡ぎ、生地を織り上げるまで、すべて人の手で行うという伝統的な技法で羊の織物を作って暮らす〈*大島さんご提供〉

大島 実はそのおじいさんは、竹田鎭三郎さんという、岡本太郎氏とも交流があったアーティストで、オアハカの美術大学で教鞭をとっている人でした。僕が、フォークアートの買い付けに来たけれど当てがないと言ったら、買い付け先などの情報を教えてくださっただけでなく、竹田さんが所有するフォークアートも譲ってくれて。無事にフォークアートを買い付けして帰国できました。

その後調べてみると、彼はオアハカ美術大学の設立にかなり貢献したすごい人だということが分かりました。しかも、一緒にいらっしゃった方は娘さんではなく、何人目かの奥さまだった(笑)。それからは、オアハカを訪れるたびに竹田さんにお会いしています。僕、ロストバゲージなんてこれまでの人生でその一回だけなので、旅ならではの縁だったように思いますね。

吉川 最高のオチですね! それこそ旅の醍醐味。大島さん自身が何かを“持っている”というか、何かに引き寄せられるようにしてフォークアートが集まった感じがします。

大島 これもあとから分かったことですが、状態の良いメキシコのヴィンテージフォークアートの多くはメキシコ国内よりも、アメリカにあるとか。元々壊れやすいものが多いですし、メキシコの人にとっては、貴重なものというよりは日常品に近いもので特に大切なものとして保管されていなかったのだと思います。だからこそ、竹田さんに会えたのは本当に奇跡としか言いようがありません。

メキシコの建築家、ルイス・バラガンの自邸。住宅の名作とされ、今もなお世界中からたくさんの人が訪れる、建築好きの聖地ともいえる場所〈*大島さんご提供〉

衣食住の中で、誰もが幸せを感じる「食」

–––大島さんは、旅先で何か必ずすることはありますか。

大島 街歩きですね。買い付けがある日でも、30分でも時間があれば街を歩くようにしています。あと、海外滞在中はほとんど自炊しませんが、たまに昼ごはんや夜ごはんを現地で買うときは、地元のスーパーに行きます。食以外でもデザイン的に面白いものがあったりしますし、お土産も、土産屋で買うよりスーパーのほうが安い。それにスーパーには地域の特徴がすごく出ていて、お菓子も日本では見ないものがたくさんありますよね。そういうのを試すのも、その国の食文化を知るすごく良い経験だと思います。

吉川 食事はいつもどんなところに行かれるのですか? 

大島 一番好きなのは、地元の人が行くような大衆食堂や、若い人が集まるビストロ。国なら、イタリアが大好きですね。名前は忘れてしまったのですが、ミラノサローネ(国際家具見本市)でミラノに行ったとき、サルディーニャ料理のレストランに行きました。最初に大きいパンをドン!ってテーブルの真ん中に置かれて、それをみんなでちぎって食べるんですけど(笑)。イタリア料理は、ソースを大事にしているじゃないですか。ソースをパンにつけて食べるのなんて最高ですよね。空間や働く人の所作がとても印象深かったのは、ロンドンの「Paul Rothe & Son」かな。

大島さんが大好きな店、イギリス・ロンドンのデリカテッセン「Paul Rothe & Son」。1900年にオープンし、4世代で味を受け継いでいる〈*大島さんご提供〉

吉川 あ、知っています。ロンドンの超ハイエンドなエリアにひっそりと残っている老舗ですよね。いつも地元のお客さんで賑わっている。僕もスープを飲みに行きます。

大島 そうです、100年以上続いているクラシカルなサンドイッチ屋さんです。何が好きかというと、店の佇まいと働いている人。多分親子なんですけど、白衣のような真っ白の制服を着た2人がいて、注文するとカウンターで手際よくサンドイッチを作ってくれるんです。清潔感のある白い制服もいいし、無駄のない動きで仕事をされている様子を見るのもとても楽しい。僕はいつも、キューカンバー・サンドイッチを食べます。おしゃれなお店もいいですけど、こういう昔からやっていて地元の人が来るような老舗が好きですね。

写真左は、スウェーデン・ルンドにある地元の人たちが愛する街の食堂で食べたミートローフ。写真右は、イギリス・ブライトンにある、サスティナブルをテーマにしたカフェのランチ。プレートは再生プラスチック製〈*大島さんご提供〉

僕は食べることが好きなのはもちろんですが、食に関わっている人たちを本当にリスペクトしているんですよ。衣食住において最も大切で、生活に身近なのは「食」ですよね。「住」に関してはどうしても優先順位が低くなる。インテリアに興味がある人たちは全体の割合でいえばまだまだ少ないですし。

「衣」は「住」に比べると興味のある人の割合が広いですが、ハイブランドからストリート、古着、ファストファッションと、趣向はそれぞれ。「食」は、多少の好き嫌いはあれど、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで、おいしいと思う感覚は大きくずれない。すごいことですよね。

吉川 大島さんがIDÉEに入社された当初は、飲食部門の配属でしたよね。そういう意味では、大島さんは衣食住のあらゆる面からライフスタイルの提案をされてきたのですね。最後の質問になりますが、大島さんにとって旅とはどんな存在ですか?。

大島 僕にとって旅とは、行くたびに影響を受け、価値観が変わるものですね。旅に行って学びがなかったことは一度もない。先日初めて韓国に行ったのですが、韓国の人たちは感度も高いし、美に対する意識は日本人をとっくに追い抜いているなと思いました。食に対しても貪欲だし、みんな自分たちが経済成長したのを楽しんでいて、活気がありました。そんなふうに、自分が全然知らなかったことを、実体験をもって発見できるのは、旅ならではですよね。

吉川 大島さんのお話を伺っていると、あらゆるものを吸収しようとするパワーを感じます。その吸収力があるからこそ、旅が充実するのでしょうね。

大島さんの旅の必需品

リトアニアのアパレルブランド「formuniform (フォームユニフォーム)」のバッグと文庫本。バッグは、買い付けの時にパスポートやノートなどを入れて。冬は、コートの下に忍ばせ、貴重品を入れて持ち歩くことも。本は移動時や夜の読書用。「旅では、エッセイのようなどこからでも読める気軽な本を持っていくことが多いです」。

「RIMOWA」のスーツケースは、小さいのが国内用、大きいほうが海外用。ストラップは、セキユリヲさんのスウェーデンのバンド織りワークショップに参加し、自分で編んだもの。「目印代わりにつけているんです。可愛い目印でしょう」。

買い付けの時に必ず着けている時計。時計盤はドイツの「JUNGHANS(ユンハンス)」、ウォッチバンドはヴィンテージのネイティブアメリカンのもの。「ヴィンテージのディーラーやオーナーは古いものが好きなので、着けていると『これいいね』なんて会話が生まれます」。

大島さんが旅先で出会ったもの

スウェーデンの陶芸家、シグネ・ペーション・メリンのポットセットと作品カタログ。「彼女の作品がすごく好きで、彼女がまだご存命のときに、アトリエを訪問してインタビューさせてもらいました。そのときにいただいたサインです。陶器は彼女にいただいたものもありますが、ピッチャーなど見つけたら少しずつ買い足しています」

対談を終えて

大島さんはディレクターですが、ディレクション力だけでなく、バイヤー力、編集力を持った人。そしてメキシコのフォークアートの話にあったように、何かを引き寄せる力を持ち、あらゆるものを吸収して、それを形にするパワーもある。それをまとめると、“大島力”とでも言えばいいのでしょうか(笑)。 大島さんのライフスタイルへの探究心は、大きく言うと、人のぬくもりを探しているようにも思いました。「Life in Art」の話も、食の話も、「物」というより「人」が中心で、人の温度を求めているような……。そんな彼独特の人に対する視点があるからこそ、大島さんのまわりに人が集まるのでしょうねs。今日は素敵なお話をありがとうございました。(吉川)

大島忠智さん インテリアブランド、IDÉEのディレクター。宮崎県出身。大学卒業後、1998年にIDÉE入社。飲食事業部門のマネージャー、広報、バイヤー・商品企画・開発を経て、現在はブランドのディレクションを担当している。インタビューウェブマガジン「LIFECYCLING」と音楽レーベル「IDÉE Records」の企画・運営にも携わる。公私共に親交の深い染色家、柚木沙弥郎さんとの「草の根運動」を綴った書籍「柚木沙弥郎 Tomorrow」も出版https://www.idee-online.com、IG@oshima_tadatomo

PHOTO:
大森忠明(*以外) ※旅の写真は大島さんご提供
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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