STAMPSディレクターの吉川が、社名の由来でもある“旅”にまつわる話を伺う「旅する人々」。前編に続き、伊藤まさこさんとの“旅”の話の後編です。
–––これまでの旅で思い出に残っている場所はありますか?
伊藤 ここ20年ぐらいは子育てがあってひとり旅をすることがなかなか叶わなかったので、やっぱりひとり旅の思い出が詰まっているパリと、あと最近は台湾かな。去年は行けなかったけれどそれまではしょっちゅう。いろんなレストランの人と顔見知りになって、行く先々でハグして(笑)。
吉川 行くのは台北ですか?
伊藤 ほとんど台北です。台北は食事の合間に食材の買い出しに。「あそこであれ買って、ここでこれ買って」ってほぼ食べることばかり考えている旅。必ず買うのは、一本一本、丁寧に絞られたごま油。1日に少ししかできない貴重なごま油らしいのですが、これは本当に香り豊かでおいしい。あとは問屋街できくらげなどの乾物や調味料を。そうやって買ってきたものがなくなるころに、また行くという感じ。吉川さんは、アジアは行かれるんですか?
吉川 行きます。よく行くのはバンコクなのですが、チャオプラヤー川のまわりの雰囲気が好きなんです。いつも川沿いに建っているシェラトンホテルに泊まるのですが、古くていい建物で、それほど高くないのに、全室リバービューで。
伊藤 バンコク、いいですよね。私はマンダリンホテルに泊まるんですが、朝からごはんと一緒にシャンパンを飲んでます。
吉川 シャンパン、お似合いになりますね。僕はマンダリンには緊張して泊まれない(笑)。お茶はよく行きますが、素晴らしいですよね。
伊藤 カボションホテルはご存じですか? こじんまりしていて、置いてあるものの何もかもが素敵。吉川さん、きっとお好きだと思います。でも、やっぱり一番はマンダリン。サービスも最高だし、バーの空間が本当にいい。
吉川 川を渡る船もまたいいんですよね。
伊藤 そう、向こう岸のレストランに行けるんですよね。 でもアジアの旅は、お仕事でヨーロッパに行くのとは全然違いますよね。
吉川 アジアは息抜きですね。といってもマーケットリサーチが趣味なので、ひたすら街を歩いていて、あまり休んではいないです。一昨年にいろいろな国を巡ったときは、コーヒーブームはどこも同じだけど、先月ヨーロッパで見たものがバンコクにはあって、東京にはない、とか。共通項もあるけど少しずれているところを発見したりしながら、世の中の動きを見て楽しんでいます。
伊藤 それをお仕事にも生かすんですか?
吉川 ヒントを得てものづくりに反映したり、リサーチをベースにインポートブランドの方向性を決めたりしています。 あとはヨーロッパもそうですが、金融が発達しているシンガポールや香港は日本とお金の回り方が違うので、それを見ながら「次に日本はどうなるだろう」と考えたり。趣味ですね(笑)
伊藤 おもしろいですねー。
吉川 行きたいですね、旅。伊藤さんは旅先で必ずすることはありますか?
伊藤 各地に住む友達に会うことと、あとはその土地の食や暮らしまわりの文化に触れること。
吉川 僕は、旅に出ると必要以上に高揚してしまうんですよね。日本にいるときより頭の回転が早くなるのか、遠くから日本を見られるからなのか、アイデアがどんどん浮かんできて、たくさん書きためています。
伊藤 プライベートの旅は、ふだんの暮らしの延長でのんびりしていて、だいたいお昼から飲んでます(笑)。その土地ならではの道具や家具を見るのが好きだから、地元の博物館や民芸館にもよく行きます。あとは市場やスーパーを覗いたり。その土地でとれたものをその土地で食べると、なるほど、と思うことがあるんです。
たとえばフランスのブルターニュ地方。ここはとても寒い地方で、小麦がなかなかとれないからそばを育てている。それからりんごの栽培も盛ん。「だからそば粉のガレットとシードルを一緒に食べるんだ」と知識がつながるんです。東京で「おいしいな」と思ってガレットを食べるのとはちょっと違いますよね。やっぱり土地の雰囲気は実際に行って感じないとと、こんな時思います。
–––今の状況が落ち着いたら、行きたいところはありますか?
伊藤 これまで週1回は新幹線か飛行機に乗るような生活をしていたので、友達に「どこも行かないで大丈夫?」と聞かれるんですけど、意外と大丈夫で。家で過ごすのも好きだし、家のまわりでも楽しめることがいっぱいあるんだなと感じました。今はむずかしいけれど、ずっと行けないこともないだろうから、今はそういう時期かなって。でも、違う街並みを歩いてみたいな。日本じゃないところならどこでもいいですね。
吉川 僕は、最近見たアキ・カウリスマキの映画の影響で、フィンランドに行きたいです。寒いときに寒いところに行くのがいいかなと。伊藤さんのお話を伺ったから、パリにも行きたくなりました。 伊藤さんは旅のどんなところに魅力を感じますか?
伊藤 違う文化に触れることもできるし、自分の中に新鮮な風が通るような気がしますよね。家にいるのも好きだけど、やっぱり旅に出て、ちょっとリフレッシュして、見たものや食べたもの、買ったものが仕事につながったり、暮らしに加わって……循環ですね。そう、循環。今、いいこと言った(笑)
吉川 (笑)
伊藤 小さいころ、家族旅行から帰ると母がよく「家が一番ね」と言っていて。当時は「楽しかったのに何で?」と思っていたのですが、最近、その気持ちがわかるようになりました。旅は旅で楽しいけど、帰ってくると家のこともより好きになる。だから両方あってうれしいし、どっちも大事ですね。
伊藤さんの旅の相棒
愛用のトランクは「リモワ」。「国内出張はこの『パイロット』で。新幹線に乗るときに足元に置けるし、(ふたが上に開くから)探しものもスマートにできて便利です。このほかにサイズ違いで5つ持っていて、帰りに荷物が増えそうなときは、大きいサイズの中に小さいのを入れて行くことも」(写真左上)
「荷物を持つのが嫌いだから手ぶらのことも多いのですが、持つときはこれを」。フラットなつくりでかさばらないのにたくさん入るというイタリア「CI-VA(チーバ)」社の革のショルダーバッグは、伊藤さんがほぼ日と一緒につくるネットショップ「weeksdays」で販売している。(写真右上)
「saqui(サキ)」の「テーパードリボンパンツ」も「weeksdays」で販売中。「真夏以外は一年中履いていて、ネイビー3本、黒2本の計5本持っているのですが、ポリエステル生地でしわになりにくいので、旅にぴったり。きちんとして見えるし、シルエットもきれいで、スニーカーにもヒールにも合うんです」(写真左下)
外国の通貨は「紀伊国屋」のジッパーバッグで国別にわけ、「Found MUJI」で購入した「コシャー箱」に。「旅の準備はいつも当日(!)。ここから行く国の通貨を探して、そのままさっと持って行きます」。パスポートと変圧器も一緒に入れて。(写真右下)
旅先で出会ったもの
アルヴァ・アアルトデザインの「アルテック」のスツールは、フィンランドで購入。「2017年のフィンランド独立100周年で作られたもので、座面がトナカイの革でやわらかいんです。これは組み立て式ですが、海外では持って帰れるかどうかは考えないで、家具でもほしければ買います」(写真左上)
アルザスで買った「ストウブ」のクレープパンとフィンランド・ヘルシンキで買った「アンティ・ヌルメスニエミ」のテリーヌ型。「クレープパンはクレープは作っていなくて、お好み焼きを作ったり、カリフラワーを焼いてそのままテーブルに出したり。テリーヌ型では煮込みやムサカなど、いろいろ作っています」(写真右上)
富山県朝日町にある、「ヒスイ海岸」こと宮崎・境海岸で見つけた石。「きれいなところで、いい石がたくさんありました。ペーパーウエイトに使ったり」(写真下)
吉川が選ぶ「伊藤さんに旅に持って行ってほしいもの」
最後に、吉川が伊藤さんへ、旅に持っていってほしいものをプレゼント。今回選んだのは「Owen Barry」のシープスキンのルームシューズ。「通気性が高いので、裸足で履いても蒸れにくく、快適に過ごせます。軽いので旅にもおすすめですし、もちろん家で履いていただいても」(吉川)
「かわいいですねー! ちょうどスリッパを探そうと思っていたところなので、うれしいです」(伊藤)
伊藤まさこさん スタイリスト。1970年横浜生まれ。近著に「まさこ百景」、「母のレシピノートから」などがある。ほぼ日と一緒につくるネットショップ「weeksdays」を毎日更新中。 https://www.1101.com/n/weeksdays/
対談を終えて
20代前半のパリの旅にはまいりました(笑)。伊藤さんは生活を楽しみながら、その延長上に旅があって、その境目がないのがすごいですね。僕には真似できないですが、そんな風に旅ができたらいいなと思いました。
「循環」という言葉も伊藤さんならではの発想だし、旅の話の枠を越えて、人生観までお伺いできたような気がします。伊藤さんとお話して、久々に旅をしている気分が味わえました。伊藤さん、ありがとうございました。(吉川)
- PHOTO:
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有賀 傑
- TEXT:
- 増田綾子