“旅”好きのSTAMPSディレクター、吉川が、ご縁を感じている方と“旅”の話をする「旅する人々」。第2回にお迎えしたのは、ほぼ日刊イトイ新聞で活躍する編集者の武井義明さん。実はこれまで、会うたびに旅の話が尽きなかった二人。この日はゆっくりと旅の話ができるのを楽しみにしていたようです。
–––はじめに、武井さんと吉川さんの出会いを教えていただけますか。
吉川修一(以下吉川) 出会いは、ほぼ日さんの「白いシャツをめぐる旅。」ですよね。
武井義明さん(以下武井) 「白いシャツをめぐる旅。」は、ほぼ日で僕が編集者としてかかわった企画です。始めた2015年当時、街でTシャツを着る人が少なくなっていて「白シャツを着たいって気分もあるんじゃない?」って編集部で話していたんです。
ファッションといえば伊勢丹なので、メンズ、レディース問わず店頭の白シャツを全部見せてもらい、まずは自腹で一枚買ってみようと。その後、メンズとレディースのバイヤーさんで混交チームを作り、僕らが欲しい白シャツを形にするという、伊勢丹でも異例の取り組みをしていただきました。そんな彼らのイチオシのひとつに「STAMP AND DIARY」があったんです。
価格帯は低めなのに、いろんな体型の人に合って、かわいらしさがあるのに甘くなく、どこか旅のムードを感じさせる。シャツ一枚でこんな気分を生み出すなんて、と驚いて。それから吉川さんとは、さまざまな取り組みをさせてもらっています。……というのが表向きの出会い。
吉川 実はいろんな方とつながっていたんですよね。僕にとって、武井さんはすべてのHub。
武井 話しているうちに、お互いに旅が好きなことが分かって。そのうち、taloさん(ヴィンテージの北欧家具を輸入販売する「talo」)を通じてフィンランドから家具を輸入した話を聞いたりして、互いの知人がつながっていることを知った。「吉川さんを知ってるよ」っていうだけで、僕を信頼してくれるんです。それってすごいことで、とても感謝しています。アパレルがメインではない僕にとっては、吉川さんがHubなんですよ。
打ち合わせにくると、仕事の話は10分でそれ以外は旅の話。買ってきたものについて話すことが多いかな。フィンランドは僕も詳しい方だと思うんですけど、吉川さんは1個見つけただけでもすごい! っていうものを10個くらい買ってきたりする。仕事にかこつけて旅をしまくっているのが、僕はくやしくて!
吉川 (笑)。武井さんは本を書かれていらっしゃることもあり、フィンランドには本当にお詳しいんです。武井さんが年末年始恒例で行かれているご旅行の話を聞くのも楽しい。イギリスの「Owen Barry」と「WALLACE SEWELL」、フランスの「TAMPICO」の工房に一緒に行きたいという話もしていました。
武井 吉川さんがパリの「メゾン・エ・オブジェ(インテリアの国際見本市)」に行くタイミングで、「TAMPICO」のバッグをほぼ日で扱うこともあって、プライベートでついていったりも。現地集合して、展示を一緒に回ったり、ごはんを食べたりしましたね。英仏ツアーは、計画しながらもCOVID-19で潰れてしまって……というところでこの企画(TRAVELOGUE 「旅する人々」)が立ち上がった。
吉川 はい。旅の気分を少しでも感じて欲しいなっていうのもあって。
武井 吉川さんの洋服づくりのヒントはパリにありますよね。「マダムが着ていたシャツが風になびいたときのシルエットが素敵で、そういう服が作りたい」というようなところからデザインを生む。パリのそういうシーンが自分の中にもあるから、よく理解できる。だから「STAMP AND DIARY」がいいなってずっと思ってるんです。本当はメンズの洋服も作って欲しくて「もっとおじさんを見てよ!」って言い続けてるんだけどね(笑)。
暮らすように楽しむ、自炊の旅
–––武井さんは毎年、年末年始にご友人と旅行に行かれているとか。
武井 最初はひとり旅だったんです。きっかけはちょっとツライことがあって、ひとりでプラハの友人の家に行こうと。2005年だったと思います。その前に、ちゃんと行ったことがなかったパリに滞在することに。
パリではどうせならと、コスト兄弟が手掛けた「ホテル ブール・ティブール(Hotel Bourg Tibourg)」に泊まりました。部屋は荷物が広げられないくらい狭いんだけどきれいで。そこを中心にいろいろと歩いたり、日本人の友人を介してフランス人の知人ができたりして、本当に楽しくて。プラハが目的地なのに行きたくなくなって、泣きながらパッキングした(笑)。それからひとり旅がちょっとずつ好きになりました。
吉川 年末年始の旅では、自炊をされているんですよね。ずっとそうなんですか?
武井 「ホテル ブール・ティブール」はキッチンが付いていない、普通のホテルでした。パリでは、朝食はホテルでクロワッサンとカフェオレが出て、昼食と夕食は自分で外で食べるっていうのが一般的ですよね。でも当時は若かったし、ひとりでいいレストランでちゃんと食べるというのはちょっと敷居が高い。食べることが好きなので、節約しながら美味しいものを探さざるを得ないのがくやしくて。
それに僕、朝はしょっぱいものが食べたいんです。外で食べるとしても、カフェのメニューは甘いものが多い。ある時、コンビニでパンとハムとサラダを買って挟んで食べたら、素材がいいからおいしかった。カフェなら二千円のところ、数百円でこれ? って。次に行く時はキッチン付きの宿にしようと思ったんです。
吉川 キッチン付きの部屋はどうやって探したんですか?
武井 当時はキッチン付きのアパートやホテルはまだまだ少なかったし、そういう部屋を紹介するウェブサイトも日本語版はなかった。最初に見つけたのは、バスティーユ地区の運河沿いにある「シタディーヌ」という、ビジネスホテルにキッチンがついているようなアパートホテルだったんですが、目の前で市場が開かれていて。そこで食材を買ってきて料理して、ただ住むっていうのが面白くなって、機会があるたびに行っていたら、一緒に行きたいという友人が現れた。僕と同じように自由なタイプの3人が定着して、いつも一緒に旅するメンバーになりました。
吉川 食材は日本と比べてどうですか?
武井 パリがいいのは、普通の人が行ける市場があるところ。東京だと築地場外は普通の人でも入れるけど、皆がいつも行けるような場所じゃない。
市場はおもしろいですよ。つたないフランス語で会話しながら、自分で選んで、精算して。パリで日本と違うなって思ったのは、肉の部位の呼び方。ハラミが食べたいから、市場で「hampe」とか「onglet」って丸暗記した単語を伝えたら、何か言われて。どうやらハラミにはもっと種類があるらしいんです。日本と捌き方が違うので、部位の呼び方も違っていて、日本語になっていない部位もあると。
そこで、何をするために買うのかを説明してみたんです。「ただ焼くだけ」って。そうしたら今度は「いつなんだ?」って。焼くのが今夜なのか、明日の夜なのかで熟成度が違うってことなんですよね。
チーズ屋でも同じ。日本人なら、お豆腐を買う時に、絹ごし、木綿、揚出し、油揚げと選びますよね。それは、料理と素材の紐付けができているから。フランス人はチーズでそれができる。チーズとワイン、チーズと料理とか。だから、買ったワインを持っていって「今晩はこれを飲むけど、どのチーズがいいの?」って聞く。向こうも、そこまで外国人が言うと面白がってくれる。
武井さんが旅先を決めるポイントは、市場やスーパーなど、地元ならではの新鮮な食材が入手できる場所が近くにあること。現地の人とのコミュニケーションも楽しみのひとつ
吉川 店員さんも「すごいな」って思ってくれるんでしょうね。
武井 「私だったらこれね」って店員さんが自分の意見を言うんですよ。日本だとよほど聞かないと言わない。フランス、スペイン、イタリアなどラテンの国の食に関する考え方が、自分に合ってる。
吉川 それって、旅行というより現地で暮らしているようなものですよね。
武井 僕の旅のスタイルがへんてこでおもしろいってことで、NHKのBSプレミアムで「チョイ住み」がレギュラー番組になる前のパイロット版に出たことがあるんです。企画担当者に「武井さんにとって旅って何ですか?」と聞かれて「引っ越し」って答えたんですよね。引っ越しして、そこに溶け込むつもりで行く。でも事情があって1週間で帰る、みたいな。
吉川 (笑)
武井 溶け込もうとしゃべりまくるし、好きな店は通って、仲良くなって、ちょっと覚えてもらう。それが楽しいし、僕にとっての遊びですね。
吉川 うれしいですよね。カフェに通って、店員さんに覚えてもらえるとか。海外の方って、それをあからさまに出さず、目配せしてくれたりして。そういう大人な感じがすごくいい。実は僕、ほぼ日さんとお仕事をさせていただく前に、武井さんをその番組で見てるんです。ほぼ日さんには、2015年の9月にはじめて紹介していただいて、放映はその年の3月でした。
武井 素人のおじさんで番組が90分がもつかっていう実験だったらしいんですよ(笑)。一緒に行った千葉雄大くんのことも、僕は当時知らなくて、「誰が一緒だろうと、僕のスタイルで旅行するのに変わりないので、邪魔されるとかじゃなければいいですよ」ってえらそうに言ったりして。
吉川 千葉さんと1週間過ごすって、すごい企画ですよね。「チョイ住み in Paris」ってタイトルがものすごくいいなと思って、録画もしてました。「チョイ住み」はずっと見てるんですが、僕は武井さんの回が一番好きです。
武井 そう考えると、吉川さんと僕はそもそも旅が接点だったんですね。
吉川 しかもその時泊まっていたのが、いわゆるパリの台所みたいなところで。
武井 モントルグイユ商店街ですね。わりと都心で、ルーブル美術館から歩いていけるくらいの場所なんだけれど、突然商店街があるんです。パン屋はもちろん、肉屋に魚屋、八百屋、花屋に金物屋、ギリシャの惣菜店なんかもある。
NHK BSの番組「チョイ住み in Paris」では、俳優の千葉雄大さんと一週間、寝食を共にした。宿は、さまざまな店が立ち並ぶ“パリの台所”、モントルグイユ商店街の近くに。食材の調達から調理まで、もちろん武井さんが担当した
吉川 パリらしい街ですよね。伊藤まさこさんが雑誌で、モントルグイユ商店街にある「a.simon(アー・シモン)」という調理道具店を紹介されているのを見て、僕も行きました。
武井 パリの合羽橋というほどじゃないけど、プロ向けの道具店があるんですよね。商店街には製菓用の粉類とかプロ向けの食材屋もあって、面白いエリア。
吉川 食材の宝庫で、どこへ行くにもアクセスがよくて。実は番組を見て、武井さんにすごく嫉妬したんです。「このスタイルは何なんだ」って!
武井 普通のおじさんですよ。
吉川 いやいや、普通じゃないですよ(笑)。僕の旅のスケジュールは仕事中心なので、そういう旅をパリでやってみたいなって思いました。
–––旅先はどのように決めているのですか?
武井 年末年始の旅は自炊がしたいので、食材がいい、名物の食材がある、借りる部屋の周辺にマルシェがある、などを調べます。バスク地方やシチリアのパレルモ、オーストラリアのメルボルン、ニュージーランド、いろんな街に行くようになりました。「3食、俺に作らせろ!」が基本だけど、1回くらいは三ツ星レストランに行ったりもします。
吉川 そのスタイルで15年近く、毎年旅しているんですもんね。すごいですね! くり返し行っている場所はありますか?
武井 パリです。でも、ほかのメンバーは違うところに行きたがるので、パリはひとりか、吉川さんのように仕事がある人と現地集合・現地解散することが増えました。あとは、友人でもある豊洲の林屋海苔店の相沢さんが年2回、ミラノとローマを中心に、現地の和食屋さんに海苔の営業へ行っていて、そのうちの1回についていくってのがここ何年か続いています。
吉川 パリはどこに泊まることが多いですか?
武井 今は3区かな。一度、モンマルトルの方に泊まったら、駅が坂の下にあって、毎日アパートメントまで、100段くらいの階段を登っていかなきゃいけなかったんですよ。それ以来、平地を選ぶようにしています。
吉川 あの辺りは景色がいいんですけど、アクセスがね……。今はAirbnbで予約されることが多いですか?
武井 はい。吉川さんは6区がお好きですよね。最初に泊まったのが6区だったからですか?
吉川 最初にパリを訪れたのはプライベートの旅行で、チュイルリー庭園の前に宿泊したんです。ちょっと“よそ行きのパリ”ですよね。バブルだったので、その後はニースとモナコへ。ラルフローレンのシャツのボタンを3段くらいあけて、金のネックレスをつけて(笑)。何だかあんまりだなぁと思って、2回目に仕事で行ったときに、6区の「ラ ルイジアーヌ(LA LOUISIANE)」に宿泊しました。ギャラリー街とそのホテルの雰囲気にハマっちゃって、それから30回くらい泊まっています。
武井 すごく素敵ですよね。
吉川 昔のパリが残っている感じですよね。最近24時間営業のカフェができて、夜の街みたいになってしまったんですけど。そのホテルは比較的お手頃で、業界でも有名なバイヤーさんとか、映画監督やジャズシンガーなども好んで泊まっていたりしていて、それがホテルの歴史を作っている。宿泊予約サイトに掲載されていないから常連客が多くて雰囲気が保たれているんです。最近は仕事でアクセスがしやすいマレ地区に滞在することが多かったのですが、COVID-19がおさまったら基本に戻ってまた6区に泊まりにいこうと思っています。
後編に続きます。
武井義明さん 編集者。「ほぼ日刊イトイ新聞」では、コンテンツの編集と執筆、商品開発にたずさわる。これまで30カ国、150都市に訪れたという旅の達人。料理はプロ級の腕前で、旅先ではキッチン付きの宿に泊まり、現地の食材を使って自炊することを楽しむ。著書に「フィンランドのおじさんになる方法。」(KADOKAWA)、「調味料マニア。」(主婦と生活社)がある。
- PHOTO:
-
有賀 傑
※旅先の写真はすべて武井義明さんご提供
- TEXT:
- 古山京子(HELLO, FINE DAY!)