Travelogue

| 旅する人々 |

設計事務所 ima
小林 恭さん、小林マナさん〈前編〉

幾度となく足を運んだフィンランド。
半年かけて建築とアートをめぐったヨーロッパの70都市。
お二人の暮らしと仕事につながる旅の話を伺いました。

第3回となる対談「旅する人々」にお迎えしたのは、設計事務所 imaを共同主宰する小林 恭さんとマナさんご夫妻。「marimekko」や「LAPUAN KANKURIT」、「IL BISONTE」など、人気の海外ブランドの店舗設計を数多く手がけるお二人は、フィンランドをはじめとするさまざまな国や地域を訪れ、建築やアート、暮らしに触れてきました。

2016年から職住近接の暮らしを実践する、東京・井の頭公園のそばにある住宅兼アトリエも、旅での経験や出会いから生まれたもの。今回はお二人の住まいにSTAMPSディレクターの吉川が伺い、旅にまつわるお話をする機会をいただきました。

–––まずはじめに、三人の出会いを教えてください。

吉川修一(以下吉川) たしか、「インテリアライフスタイル(インテリアの合同展示会)」で、共通の知人にご紹介いただいた記憶があります。

小林 恭さん(以下、恭) 2015年から「インテリアライフスタイル」のアートディレクションにたずさわっているのですが、初年にお会いしましたね。STAMPSさんがちょうど事務所を移転されるとのことで、「imaさんにご相談できるんでしょうか」と言ってくださったのを覚えています。いろいろと話しているうちに共通の知人が多いことを知って。

小林マナさん(以下、マナ) そうですよね、共通の“濃い友だち”が(笑)!

吉川 僕は、メディアなどでお二人をよく拝見していたから、勝手に親近感を持っていました。最初にお仕事をお願いしたのが、2017年のインテリアライフスタイルに出展した際の展示ブースの設計です。その年がとても盛況で……! お二人のおかげで、STAMPSのイメージを訴求できたので本当に感謝しています。そのあと、代官山の事務所の内装もお願いしました。本当は思い切って手を入れたかったのですが、STAMPSは会社としてまだまだなので、ちょっとずつお願いしていけたらと思っています。

STAMPSでは、2017年と2018年の「インテリアライフスタイル」に出展した際、小林 恭さんとマナさんに展示ブースの設計を依頼。「STAMP AND DIARY」「utilité」、「TAMPICO」など、複数のブランドをひとつの世界観で見せることができた〈*1,2,3〉

住まいはフィンランドの旅をヒントに

–––お二人は「marimekko」の国内外の店舗設計を手掛けていらっしゃいます。これまで数多く行かれているのは、やはりフィンランドでしょうか。

恭 「marimekko」は2010年~2015年まで、海外店舗の設計をさせていただきました。その6年間、頻繁にヘルシンキへ。年に10回ほど行った年もありましたね。それで、フィンランドやヘルシンキのライフスタイルには影響を受けました。

お二人は「marimekko」の店舗設計に長くたずさわる。2006年からは国内店舗、2010年からはフィンランドをはじめ、ドイツ、アメリカ、オーストラリアなど、海外店舗のインテリアを手掛けた。写真は、ヘルシンキのヘルトニミエにある「marimekko」本社の店舗と社員食堂〈*4,5〉

マナ ヘルシンキは町がコンパクトで、中心地からちょっと離れると公園があったり、森が広がっていたりするんです。週末になると、きのこ狩りに行ってホームパーティーをしたりして、職場と家と自然が密接につながっているのを体験しました。

フィンランドには、平日は都心で働いて、車で30分〜1時間くらいのところに住んでいる人もいる。東京ならそれはふつうなんだけど、フィンランドでもそういう人がいるんだと驚きました。「marimekko」のブランドディレクターの家に遊びに行ったところ、森の中にポツンと一軒だけ家が建っていて、隣近所がないんですよ。こういうところに住みたいから、1時間かけてでも通勤しているんだと。

恭 そもそもヘルシンキから15分ほど車を走らせれば、まわりは森なんですよ。だから、なんで1時間もかけて出勤するほど、遠くに住まなきゃいけないんだと、不思議で仕方なかった。

マナ 彼女は島にコテージを持っていて、夏休みにはそこで家族とゆったりと過ごしているようでした。島は電気もなくて、水もわざわざ運ばなくちゃいけない。そんな環境にもかかわらず、どれだけ人から離れられるかを実践していることにビックリしたんです。「marimekko」のようなインターナショナルな会社で働きながら、森へ帰っていくんだって。

吉川 真逆ですもんね。

マナ もちろん都心に住んで、都心で働いている人もいると思うけど、森が彼らの生活に根づいているのが印象的でした。

フィンランドはお二人にとって縁のある国。同国のテキスタイルメーカー「LAPUAN KANKURIT」の店舗設計も手掛ける。写真のヘルシンキ店のほか、ラプア店、表参道店、二子玉川ポップアップ店も担当した。シンプルながら、木とレザーを使用した素材感のあるインテリアは、フィンランドの心地よいライフスタイルを感じさせる〈*6,7〉

恭 二拠点の暮らしのようなものを、日常生活の中でコンパクトにやれるのがうらやましかった。東京は広すぎるから、なかなかそんなことできないだろうなって思っていたんですが……

吉川 小林さんたちは、この井の頭のお住まいで実現できちゃってますよね!

恭 そうなんですよ! 鎌倉など、ほかのエリアも探したんですが、スタッフが通うのは大変だろうなと。そこで、比較的都心部で公園や緑など借景のある土地を探し始めました。

マナ 実は初めて見に来たのが、この敷地の隣にある通りに面した土地でした。日当たりがよくて、環境としては最高だったんですけど、公園とは隣接してなくて。不動産屋さんに「公園沿いの土地はないでしょうか?」と聞いたら「そこ、あいてますよ」って、この土地を指差して。

旗竿敷地なのが気になったんですが、ちょうどそのタイミングで入院して。「こんな病気になるんだったら、環境のいいところに住まなきゃだめだな」と思い、ここに自宅兼アトリエを建てることに決めました。

COVID-19で外出をひかえるようになってからは、公園でゆっくり散歩をしたり、最近は鳥の声を聞くのが楽しくて。「あの鳥はなんだろう?」って二人で話したり、調べたりしながら歩いて。

2016年に竣工した自宅兼アトリエは、井の頭公園のそばに建つ。都心にありながら、豊かな自然を間近に感じることができる。1階はダイニングとキッチン、アトリエ、2階はリビングと寝室、水回りが配されている〈写真下は*8〉

恭 毎日、一万歩くらい歩いているよね。

マナ 実は去年まで、そんな時間もとっていなかったんです。公園は家から見るだけ、駅へ向かうときに通るだけ、犬の散歩に行くだけ。それで満足していて。

吉川 それだけお忙しかったのではないですか?

恭 この家に引っ越したことで、それまで1時間くらいかけていた通勤時間が必要なくなった分、時間が増えたとは思うんですが、COVID-19でより余裕ができました。最近は鳥の観察が楽しくて。2、3月くらいから、さまざまな鳥の姿が見え始める。

マナ 真冬は葉っぱがないので、鳥の様子がよく見えるし、春からはいろんな鳥の鳴き声が聞こえて楽しいですよ。

吉川 本当に最高の環境です。フィンランドの暮らしがヒントになっているのが、お二人らしいですね。

建築とアートをめぐる西欧の旅

–––かつて、お二人は半年ほどかけて旅をしたことがあるとか。

マナ はい。半年間、ヨーロッパを中心に17カ国、70都市をまわりました。

吉川 そうだったんですか! 当時は30代ですか?

恭 30代前半で、結婚して2年目です。二人とも勤めていた会社を辞め、独立しようというタイミングでした。目的はヨーロッパの建築やアートを見に行くこと。2年間で400万円貯めて、旅で全部使ったんだよね。自分たちの「感動」への投資でした。

吉川 独立に当たり、旅の中で仕事の構想をふくらませたりしたんですか?

マナ ただただ見ることが目的でした。見て、感動して、吸収して。ここはやっぱりこうなっていたんだとか、きれいに使われているよねって、それまでずっと写真で見てきたものを確認しに行くという感じ。もともと私たちは「好きなものは好き」っていう感覚的な人間なんです。いただいた仕事を一生懸命やるっていう(笑)。

恭 僕は、それくらいお金と時間を使ったら、あとはやるしかないと自分を追い込んだところはあります。旅に行かなかったら、独立して頑張る覚悟ができなかったかもしれませんね。

その旅では陸路が基本でした。最初にトルコから入って、オーストリアに飛び、大きなスーツケースを二つもって電車で移動して。当時は国境では必ずパスポートを見せる必要がありました。

マナ 電車に乗って途中下車して建築を見て、また電車に乗って……を繰り返して、終着駅で泊まる。翌日、また次の都市に移動して。1日に3都市ほどまわりました。パリのような大きい都市だったら2週間くらい滞在して。

吉川 美術館をめぐったりして、ですよね。すごくいいですね! そんな旅、してみたいです。

恭 当時はインターネットがなかったので、ユーレイルパス(ヨーロッパ諸国以外の外国人に発行される一定期間鉄道乗り放題の周遊券)を買って、トーマスクック(Thomas Cook)の時刻表を持って。僕、そういうのを計画するのがとても好きなんです。

吉川 それは初耳です!

マナ この駅で降りればあの建築を見られる、というのを調べ上げていました。私は「今日はどこへ行くんだろう?」って、彼についていく。ただ、短い期間に建築を見すぎると、建築の名前と姿かたちが一致してこなくなる(笑)。だから、時々動物園を入れてもらったりして。

恭 建築の写真と地名は事前に資料として集めておいて、その町に着いたらツーリストインフォメーションに行き、「この建築を見たいから、行き方を教えて」と伝えて、地図を書いてもらったり、バスの路線と停留所を教えてもらったりしました。当時は70都市だったけど、今ならiPhoneがあるから、100都市は行けるかもしれない。

マナ もっとだよ! iPhoneでホテルを予約して、駅に着いたらホテルに直行できるけど、当時はツーリストインフォメーションに行って、ホテルを教えてもらって、ホテルへ足を運んで、あまり良くなかったらもう一度紹介してもらって、なんてことをやっていたから。

恭 行きあたりばったりですよね。ホテルのカウンターに行って「Do you have a room?」 なんていきなり(笑)

吉川 当時はクレジットカードは使えましたか?

マナ 使えました。でも私たちは、シティバンクで口座を作り、現地で下ろした現金をメインで使いました。ほとんどの国で現金が必要だったから、都度換金して。

恭 あとはトラベラーズチェックを少し持って行ったかな。田舎ではお金が下ろせないこともあったので。電車での移動は、本当に楽しかったですね。

マナ そうそう、当時30歳を超えていたので、1等車に乗れたんですよ。

吉川 ユーレイルパスはそんな規定があるんですか?

マナ そうなんです。朝の通勤時間、1等車にはジェントルマンがいっぱいで、そこにゴロゴロと大きな荷物を持った二人が乗ってくるという(笑)。照明の照度が低いのもかっこいいし、その下で新聞を読んでいる紳士が素敵で! 車窓から見える風景もものすごく美しい。

吉川 日本の電車とはまったく違いますよね。蛍光灯でなく、間接照明のようになっていたりして。電車はヨーロッパの奥行きのようなものを感じさせますね。

恭 電車のデザインを見るのも楽しい。TGV(フランス国鉄の高速鉄道)は時計のLIPのデザインで有名なロジェ・タロンが手がけていて、かっこいい。

駅も空間として見応えがあります。駅は昔からあるものなので、その国の顔になっているし、デザインにも力を入れています。クラシックなものからモダンなものまでさまざまありますが、ドイツとフランスではまったく様式が違うし、お国柄が出ている。だから駅に着いたらまずは「おお~! この駅はすごい!」って感激して、そこから建築を見に行くスイッチが入る。旅の序章、プロローグが駅なんです。

吉川 ヨーロッパの駅は本当に素敵ですよね。昔の旅は、事前情報がほとんどないからこそ、喜びが5倍、10倍なのかもしれません。

マナ 最近は、飛行場に着いたらすぐにタクシーを拾って目的地へ向かうことが多いけれど、昔はそうじゃなかったもんね。

恭 目的は建築や美術館、人だったりするんだけど、そこへ向かうプロセスも含めて旅の醍醐味。電車を乗り継いでようやく着いたとか、場所を聞いたらそれが間違っていて違うところに行っちゃったとか。いろいろありながら、大変な思いをしてようやくたどり着いてこそ、見るものや場所、会う人のことが理解できる気がします。

空間体験の感動をデザインへ落とし込む

吉川 70都市をめぐったなかで、もっとも印象的だった建築はなんですか?

恭 やっぱりヨーロッパは教会がすごくきれい。フランスの田舎にあるロマネスク時代の素朴なものから最先端のモダンなものまで、どれも大切に使われていて、僕たちが行っても居心地がいい。それは、体感してみないとわからないこと。

吉川 教会は、足を踏み入れた瞬間に空気が変わりますよね。

マナ 光の入り方が影響しているかもしれませんね。教会は真っ暗な空間も多いです。

恭 組積造だったらひんやりしますしね。中に入ったら真っ暗で、目が慣れてきて少しずつ空間の質感やかたちが見えてくる。そういう体験はほかに代えがたいですよね。それと写真や映像って、だめなところを隠しちゃったりしていませんか?

たとえば、スウェーデンのストックホルムにある、グンナール・アスプルンドが設計したストックホルム市立図書館は、ちょっと引いたところから見ると、右にマクドナルド、左にハードロックカフェがある。でも、そんなの誰も写真に撮らない(笑)。こういうのを発見できるのも、実は面白い。

吉川 マクドナルド、ありますよね(笑)。図書館は、写真で見るよりも小さく感じました。空間って実際に見ると、こんなに大きかったんだとか、小さかったんだとかが体感としてわかったりもしますよね。そうした体験で得た感動は、空間のデザインに生かしているのですか?

旅での経験や感動は、imaの空間デザインに落とし込まれている。写真上は「100本のスプーン 豊洲店」で、子どもから大人まで、親しみやすく、わくわくするようなインテリアとなっている。写真下は「IL BISONTE 京都三条店」で、味わいのある古材を什器に用いることで、エイジングが楽しめるレザーの質感を際立たせている〈写真上*9、写真下*10〉

恭 自分がデザインする時は、その「いいな」の感覚に近づけるように、アウトプットしたいと思っています。デザインがどんなにかっこよくても、実際に空間ができ上がってみたらなんか違うなってことがあると思います。空間設計は、かっこよさだけでなく、全体のバランス感や使われ方などさまざまな要素が絡んでくるからです。それを身をもって覚える、ということなのかもしれません。

吉川 それだけ空間を見てこられていたら、感覚として自然と染みついていますよね。

マナ 建築だけでなくアートイベントも数多く行きました。「ベネチアビエンナーレ」と「ミュンスター彫刻プロジェクト」「ドクメンタ」が重なる年が10年ごとに訪れるんですが、私たちが旅をした1997年はまさにその年で。

こうしたアートイベントは、町ぐるみでの取り組みとなっていて、路上や商店、ギャラリー、美術館などにアーティストの作品が置かれています。駅の近くにはインフォメーションセンターが設けられていて、町のいたるところにバナーが掛けられていたりするので、駅に着いた瞬間から気持ちが高まる。私たちは展覧会の会場構成の設計も携わっているのですが、空間だけでなく雰囲気を作るのが得意なのは、そうした体験があるからなんじゃないかな。

展示会や展覧会の会場構成にも数多くたずわさる。写真上は2015年からアートディレクションを担当する「インテリアライフスタイル」。写真下は、子ども服ブランド「familiar」が主宰するイベント「familiar AQUARIUM by Masaru Suzuki – テキスタイルデザイナー 鈴木マサルとみんなでつくる水族館!」〈写真上*11、写真下*12〉

恭 日本でも「大地の芸術祭」や「瀬戸内国際芸術祭」「横浜トリエンナーレ」などのアートイベントにもよく足を運びます。作品も楽しみなんだけど、地域ぐるみのイベントは、その土地の風景や人、おいしいごはんなど、いろんな出会いを誘発してくれるから好きなんです。

後編(2021年6月24日公開予定)に続きます。

小林 恭さん 小林マナさん 設計事務所 imaを共同主宰する。「marimekko」「LAPUAN KANKURIT」の国内外店舗をはじめとする商業施設や住宅、展示会の会場構成など、さまざまな空間のデザインを手がける。唯一無二の色彩感覚とユーモア、地域性やブランド、住み手の個性を引き立てるデザインに定評がある。http://www.ima-ima.com

PHOTO:
大森忠明(*以外)
Nacasa & Partners Inc.(*4,5,8,11)
MURAYA.MA(*9)
三嶋義秀(*12)
TEXT:
古山京子(Hi inc.)

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小林 恭さん、小林マナさん〈前編〉