Travelogue

| 旅する人々 |

設計事務所 ima
小林 恭さん、小林マナさん〈後編〉

二人にとって、暮らしや仕事と密接につながる旅。
後編では、最近見た好きな建築の話、旅の愛用品について伺います。

STAMPSディレクターの吉川が、インテリアデザイナーの小林 恭さん、マナさんをお迎えして、旅のお話を伺う「旅する人々」。前編に続き、後編は二人の旅に欠かせない食の思い出からスタートしました。

今も記憶に残るイタリアの味

–––食べることが好きだというお二人ですが、これまでの旅で一番心に残る食べ物はありますか?

小林 恭さん(以下、恭) これも1997年に二人でヨーロッパをめぐった旅なのですが、忘れられない味があって。イタリアのローマとフィレンツェの間にオルヴィエートという町があり、丘の上にある城塞都市が有名なんです。駅に着いたのが14時を過ぎていたにもかかわらず、昼食を食べておらず、お城へ向かう坂道の途中にあったお店に立ち寄ったんです。正直、見た目はかなりイケてない感じでしたが、ほかに開いていなかったので仕方なく。

小林マナさん(以下、マナ) 今みたいにGoogleで調べて星がいくつ、とかも分からないじゃないですか。でも、とにかくおなかがすいていたから、店が閉まりかけていたのに「何か食べさせて!」とお願いしたところ「材料がほとんどないから、トマトパスタしかできないけどいいか?」って。で、出てきたのがミニトマトくらいの小さなトマトを使ったアーリオ・オーリオみたいなパスタ。それが本当に美味しくて! 特にオリーブオイルが、これまで経験したことのない味わいで。尋ねると「摘みたてよ!」って、濁ったオリーブオイルが入った瓶を見せてくれた。

吉川修一(以下吉川) 鮮度が違ったんですね。

恭 トマトも裏の畑からとってきたばかりのものだったようで、一緒に注文したカプレーゼも美味しくて。帰国してから知ったのですが、オルヴィエートはワインも有名。だから白ワインも当然美味しかった。

マナ 摘みたてのオリーブオイルは青臭いフレッシュな味わいが新鮮でした。美味しい、美味しいって言い続けていたら、1本譲ってくれて、道中はずっとその瓶を抱えて歩くことになりました(笑)。

恭 当時、イタリアで美味しいイタリアンを探すのはすごく難しかった。観光客用の、まったくアルデンテじゃないパスタにしか巡り合わなくて。のびたパスタを食べるのはもう嫌だから、中華を選んだりしていたんです。

マナ イタリアでは中華料理店が全然流行っていないんだけど、実はすごく美味しいの。世界中のどこへ行っても、中華はわりとブレない気がします。

吉川 イタリアは中華料理店が多いですよね。僕もフィレンツェではよく中華を食べますよ。

恭 あとは、ヴェネツィアでフンギ・ポルチーニとグラッパに出会い、衝撃を受けました。ヴェネチアでは、日本人の友人と合流してビエンナーレに行ったんです。で、フンギ・ポルチーニとグラッパを堪能して、あまりに美味しかったから、そのあとホテルでグラッパを飲み直そうと酒屋を訪ねて、「グラッパください」って言ったら、「これも、これも、これも、これも、オールグラッパ!」とか言われて。どうやらただの酒屋でなく、グラッパ専門店だったようで(笑)。

吉川 なんであの人たちはあんなに美味しいものを作れるのか、不思議に思いますよね。やっぱり鮮度が違うんでしょうか。

マナ イタリアはフード・マイレージが小さいというか、採れたところから料理を作る人までの距離が短いんですよね。

恭 南の方へ行くと美味しいものが食べられて、北の方へ行くとうーん……となることが多いかもしれません。今でこそ、フィンランドは美味しいお店がたくさんあるけれど、それもここ3~4年のこと。

吉川 北欧に美味しいお店が増えたのは、やはり「noma」(コペンハーゲンにある二つ星レストラン)の影響でしょうか?

マナ そうだと思います。そういえば最近、ヘルシンキでは一つの料理をシェアする文化が流行っているんです。2010年にフィンランドに行った時は、焼いたお肉がドーンと大皿に載っていて、それを一人一皿食べるのがふつうだった。それが「これは全部シェアできるからね!」ってすごい威張ってるんです。「日本でずっとやってるわ!」って言いたくなる(笑)。

恭 吉川さんはシドニーへ行かれたことはありますか? 私たちは2012年、「marimekko」のシドニー店ができる際に初めて行ったんです。正直、食べ物は期待していなかったんですが、何を食べてもおいしくて!

確か、オーストラリアの食料自給率は130%を超えているんですよね。観光客が集まるようなイタリアンでさえ美味しかった。そういうお店ってどの国でもだいたい美味しくない気がするんですけど、それはやっぱり食材が豊富だからなのかなと。

吉川 僕は2019年に、シドニーに留学していた息子に会いに行きました。シドニーは「bills」の影響でレストラン文化が急速に発展したような気がします。実際に行ってみて、やはり感動しました。そう考えると、旅と食は密接に関わっていますね。

恭 文化ですよね。個人的にはごはんが美味しい場所は、見るものもたくさんあると感じています。

これから見にいきたい建築は

吉川 お二人は仕事と旅、暮らしがつながっているんですね。

マナ そうなんです。地方の仕事が多いので、仕事先を拠点にして、いろんな場所へ行ったり、人と会うことが多いですね。先日「IL BISONTE」の仕事で熊本へ行ったのですが、まずは福岡に入って、友人たちと夜ごはんを食べてから、熊本へ移動しました。

私たちは好きなことを仕事にしているから、仕事が趣味みたいなものなんです。だから、旅は生活の一部。

吉川 いろんなところへ行かれているので、どこが一番かは決められないですよね。今日、お話をするまでは、お二人は北欧のイメージがあったんですが……、ヨーロッパなんですね。

マナ 実は、ブラジルも好きなんですよ。

吉川 ええ! 小林さんは音楽が好きで、DJをされていますよね。音楽が絡んでいるんですか?

恭 それもありますが、やっぱり建築なんです。2014年に行ったのですが、オスカー・ニーマイヤーの自邸はもちろん、リナ・ボ・バルディが1951年に設計した自邸の「ガラスの家」が、最近見た建築の中で一番好きですね。

ブラジルの女性建築家、リナ・ボ・バルディの自邸「ガラスの家」。直線で構成されたモダンな空間と、ずらりと並んだブラジルの民芸品、そして窓外の緑が調和し、独特の居心地のよさを作り出している〈*1〉

マナ 山をまるごと一つ買って、その頂きに家を建て、周囲に木を植えたそうなんです。実はわが家は「ガラスの家」からインスピレーションを得ているところもあるんです。2階のベランダはガラスの手すりを付けて、木を近くに感じられるようにして、バスルームはガラスモザイクタイル貼りにして。

恭 これを見て、木が見える環境に引っ越したくなったんだよね。ミッドセンチュリー感があるけど、決して古くさくなくて、吉川さんも絶対に「ガラスの家」が好きだと思います。亜熱帯の植物が好きで国立植物公園にも行ったのですが、本当にきれいでした。

リオの空港は海の上にあるんですが、「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」という名前なんです。それだけで気分が高揚するんですけど、着陸する時に、海と町、ジャングル、山が視界に入ってくるのが本当にかっこいい。遠くには「コルコバードのキリスト像」とオスカー・ニーマイヤーの「ニテロイ現代美術館」が見えて。

吉川 アントニオ・カルロス・ジョビン! それは興奮してしまいますね! 都市と自然を融合したリオの町並みは、計画して作られているんですか? 僕、計画都市が好きなんです。

2016年から暮らす住まいにも、旅の断片がいたるところに。緑の借景を享受できるようベランダの手すりをガラスに、水まわりにはガラスモザイクタイルを貼って。いずれも、リナ・ボ・バルディの「ガラスの家」からインスピレーションを得ている〈写真下は*2〉

恭 都市計画はルシオ・コスタやニーマイヤー、造園はロバート・ブール・マルクスがやっていたりします。文化と歴史、食文化という面では、ブラジリアよりも断然リオが楽しいと思いますよ。ライブハウスへ行っても、無名な人がすごくいい演奏していたりとか。

いつか、一緒に行きましょう! 前回は二人で行ったのですが、本当は四人くらいで行く方がいい。油断しているとiPhoneをうしろからとられたりすると聞いていたので、うしろに人が通らないようにビルの壁際に移動してiPhoneを使ったりして、かなり用心していました。

吉川 ぜひご一緒したいです! 

マナ 私たち、まだ見たいものが山ほどあるんです。ルイス・バラガンの住宅も、工事中で見られなかったし……。でも、2019年にドナルド・ジャッドの聖地、マーファに行くことができたんです。20年来の夢だったので「とうとう来ちゃった!」って……!

恭 何度も行っている友人にお願いして案内してもらったんです。オースティンから入ったんですが、「テキサスバーベキューのおいしい店があるから、そこへ立ち寄りましょう」と寄り道したりしながら。

マナ 友人たちと交代しながら何時間も運転して。道中、あまりに何もなさすぎて、幻が見えてきたり(笑)。で、ようやく着いたら閉店の時間で、結局食べられなかったの。そんなハプニングもありつつ。

吉川 (笑)。マーファはいかがでしたか?

恭 マーファは閑散とした田舎町で、そこにジャッドの作品が、ジャッドの計画したとおりに並べられている風景にはもちろん感激したんですが、駅周辺にポツポツとホテルやインテリアショップ、ナチュラルワインのバーなどがあって、それがどれもかっこいいんです。リオデジャネイロとマーファどっちが一番好きかと問われたら、答えられない(笑)。

マナ スリランカもよかったよね。

吉川 スリランカも建築で?

恭 スリランカにはジェフリー・バワの建築があるんですよ。バワの建築は、絶妙な高低差でランドスケープの見え方を変えているんです。たとえば彼の理想郷の「ルヌガンガ」は、アプローチから階段を数段下りて、また上ると湖が見えてきたり、建物の中を歩いていくとちょっとずつ目線が変わって、見えなかったものが見えたり、景色が一変したり。それは本当に驚いたし、実際に行ってみないとわからなかった。

写真上・左中:アメリカ・テキサス州の小さな町、マーファ。美術家、ドナルド・ジャッドの聖地として知られ、町のいたるところで彼の作品を見ることができる〈*3〉  写真右中・写真下:「ルヌガンガ」は、スリランカ出身の建築家、ジェフリー・バワが生涯をかけて作った理想郷〈*4〉

1970年代に建てられた「ベントタビーチホテル」は、地下の駐車場から階段を上って1階のロビーへ向かうんですが、ロビーに足を踏み入れる時に、ふわっとシナモンの香りが漂うんです。そういうのは当然、写真ではわからない。僕たちは、体験したい空間さえあればどこにでも行きますよ。

吉川 今、いちばん行きたい場所はどこですか?

マナ 私はインド。ル・コルビュジエのチャンディーガルとか、アトリエムンバイが手掛けた住宅とか。大学の卒業旅行でインドにはそれぞれ行ったんですけど、それ以来訪れていないので。

恭 僕はアメリカにある、エーロ・サーリネンの建築。ホテルになった「TWAターミナル」はもちろん、アレキサンダー・ジラルドと協働した「ミラー・ハウス」が見たい。真っ白な空間なんだけど、モダンとエスニックが融合していて、トップライトから光が差し込んでいたり、柱のデザインが変わったディテールだったりして、かっこいいんです。マーファへ行った時、ジラルドの自邸を見る機会を友人が作ってくれて、それが本当に素晴らしかったこともあって。でも吉川さん、まずは一緒にリオへ行きましょう!

吉川 はい、ぜひ! 楽しそうにお話されているのを拝見して、お二人の好奇心や感動が、そのままお仕事に現れているのを改めて感じました。僕は旅が好きで、これまでいろいろな国に訪れましたが、お二人と話して、初めてリオという町に行ってみたくなりました。いつかぜひ、その夢がかなうことを願っています。

小林 恭さんの旅の必需品

恭さんが飛行機に乗る際、欠かせないのがこのボトム。履き込まれたデニムのように見えて、実はジャージ! 「TALKING ABOUT THE ABSTRACTION」で購入したもので、履きやすさ抜群のため10年ほど愛用中(写真左上)

出張に活躍するバッグは、「BAG’n’NOUN」の定番「ツールバッグ」。手持ちと肩掛けの2wayで、ポケットも付いていて機能的(写真右上)

恭さんの必携品3つ。携帯用歯ブラシは「MISOKA」と「TO&FRO」のコラボ商品。歯磨き粉が不要で歯がみがけて、使用後に立てておけるのがお気に入り。仕事柄、欠かせないメジャーはフィンランドの「Artek Store」で購入。レザーの筆入れは「IL BISONTE」(写真下)

小林マナさんの旅の必需品

マナさんが飛行機に乗る旅で必ず着ていくのがサロペット。「寝ているときにおなかが出ず、冷えないので」。左は夏用で、ユニセックスで洋服を作る「Edwina Hoerl」のもの。右は冬用で「Dulcamara」のもの。同じ形のものを2着持っているほどお気に入り。これに、足元は「dansko」で(写真左上)

海外旅行では「RIMOWA」のスーツケースに二人分の荷物を入れていく。これに加え、同じく「RIMOWA」の小さいサイズを機内持ち込み用にしている(写真右上)

マナさんが愛用中の眼鏡は、パリ発の眼鏡ブランド「PETER AND MAY」のもので、サングラスのレンズを眼鏡の上に重ねられる2way。「サングラスに眼鏡のレンズを入れる必要も、旅先に眼鏡とサングラスの二つを持っていく必要もないんです」(写真左下)

軽くて丈夫な「BAG’n’NOUN」は、サイズ・かたち違いで所有。ボストンバッグは主に国内旅行に持っていく。ポーチは透け感があって荷物が整理しやすいため、バッグ・イン・バッグとして。「D&DEPARTMENT」のランドリーバッグは洗濯物入れに(写真右下)

お二人が旅先で出合ったもの

「marimekko」の仕事を通じて知り合い、交友関係のあるテキスタイルデザイナー、石本藤雄さんのもとに訪れた際、直接購入した陶板の壁掛け。「石本さんが自ら梱包してくださって、二人で大事に手で持ち帰ったのですが、途中で割れてしまって……。でも、金継ぎをしたらかっこよく蘇りました」

吉川が選ぶ「お二人に旅に持って行ってほしいもの」

最後に、吉川がお二人に旅に持っていってほしいものをプレゼント。選んだのは「TAMPICO」の「POCHETTE BANDOULIERE」を色違いで。「おふたりはいつも軽快にいろいろな場所へ行かれている印象があります。このまま持っていただいてもいいのですが、ボディバッグのように肩に掛けてお使いいただけます。TAMPICOとしてはめずらしくファスナーが付いていて、海外でも安心です」(吉川)。

「うれしい! このバッグ、ずっとかわいいなと思っていたんです。シンプルなのがいいですね」(マナ) 「マチが付いているのでノートパソコンも入る。仕事でも使えそうですね。ありがとうございます!」(恭)

対談を終えて

お二人には北欧のイメージを持っていたのですが、ブラジルやスリランカ、インド、アメリカと、さまざまな国名が出てきたのが意外でした。お二人が手がける空間やデザインには、そうした“旅”の要素が散りばめられていて、そこにそれぞれの個性が合わさり、唯一無二の奥行きある世界観が完成しているのですね。世界の名だたるブランドが、imaのデザインに魅了される理由がわかったような気がしています。小林 恭さん、マナさん、本当にありがとうございました。(吉川)

小林 恭さん 小林マナさん 設計事務所 imaを共同主宰する。「marimekko」「LAPUAN KANKURIT」の国内外店舗をはじめとする商業施設や住宅、展示会の会場構成など、さまざまな空間のデザインを手がける。唯一無二の色彩感覚とユーモア、地域性やブランド、住み手の個性を引き立てるデザインに定評がある。http://www.ima-ima.com

PHOTO:
大森忠明〈*以外〉
Nacasa & Partners Inc〈*2〉
*1,3,4,アイキャッチは、小林 恭さん、マナさんご提供
TEXT:
古山京子(Hi inc.)

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小林 恭さん、小林マナさん〈後編〉