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| 旅する人々 |

CLASKA Gallery & shop “DO”
ディレクター 大熊健郎さん〈前編〉

ライフスタイルショップ「CLASKA Gallery & shop "DO"」のディレクターを務める大熊健郎さんが、海外での買い付けの旅で出会ったものとは?

旅好きのSTAMPSディレクター・吉川が、ご縁を感じている方と旅の話をする「旅する人々」。第4回にお迎えしたのは、「CLASKA Gallery&shop“DO”(クラスカ ギャラリー&ショップ ドー)」のディレクター、大熊健郎さん。

趣のある建物をリノベーションした「CLASKA」は、ホテルやカフェ、ギャラリーなどから成る複合施設。その中に2008年、「CLASKA Gallery & shop“DO”」本店(写真)がオープン。2020年12月、建物の老朽化により惜しまれながら閉店した〈*〉

「CLASKA Gallery & shop“DO”」は、昔ながらの手仕事で作られる工芸品から生活雑貨やアパレルまで、今の日本の暮らしに映えるアイテムを集めたライフスタイルショップ。感度の高い人たちから支持され、現在、全国に12の直営店舗と7つのサテライトショップを構えます。

実は大熊さんとSTAMPSディレクター・吉川のあいだには、パリで度重なる偶然な出来事があったようです。

–––はじめに、お二人の出会いについて教えてください。

吉川修一(以下吉川) 2013年だったと思いますが、STAMPSのサンプルの販売先を探していた際に、とある方から「CLASKA」の「お買いものしナイト“夜フリマ”」を教えていただいたんです。

夜フリマは「CLASKA」にゆかりのある人たちがさまざまなものを持ち寄って、お酒を片手に買い物が楽しめるイベント。STAMPSも何度か出店させてもらったのですが、僕自身が毎回買い物を楽しんでいて(笑)。大熊さんとはそこで初めてお会いして、とても気さくな方だなという印象を受けました。

取材が行われたのは、2021年2月、東京・目黒にオープンした「GALLERY CLASKA」。この日は、大熊さんが公私ともに親しいフィリップ・ワイズベッカーさんの作品展『PHILIPPE WEISBECKER / in sight』が開催中。東京2020オリンピック公式アートポスターに選ばれた「Olympic Stadium」の原画をはじめ、多彩な作品が展示された

大熊健郎(以下、大熊) その後、偶然パリの地下鉄で出会ったんですよね。

吉川 そうでしたね! 大熊さんはフィリップ・ワイズベッカーさん(フランス人アーティスト。「CLASKA」で個展を開催するなど大熊さんとも親交が深い)と一緒にいらっしゃって、僕は娘と2人旅の最中でした。その時「次回パリに行くときは事前に連絡をとりあって食事しましょう」とお話したこともあり、翌年、「メゾン・エ・オブジェ(インテリアの国際見本市)」に出張に行く際にご連絡したら、またまた偶然にも同じホテルに泊まることがわかって。

大熊 「ラ ルイジアーヌ」というホテルで、僕も昔からよく利用していたんです。確か吉川さんも、以前働いていらっしゃった会社の社長が定宿にしていたご縁で、よく泊まっていらしたんですよね。

吉川 大熊さんも同じ宿を利用していると知り、とても嬉しかったですね。それからビジネスについていろいろ相談するようになりました。2018年11月には広島三越で「CLASKA Gallery & shop “DO”」と「STAMP AND DIARY HOME STORE」のコラボレーションショップを期間限定でオープンさせました。

–––パリでの度重なる偶然が、おふたりをさらに強固に結びつけたのですね。

2018年11月に、広島三越で「STAMP AND DIARY HOME STORE」と「CLASKA Gallery & shop “DO”」とのコラボレーションショップを期間限定でオープン。吉川は「CLASKA」を東京のカルチャーが詰まった場所ととらえ、「CLASKAのある日常」をテーマにその世界観を表現した〈*〉

学生時代、価値観揺さぶられたニューヨーク

–––初めての海外は、いつ頃、どちらに行かれたのですか。

大熊 大学2年のときに学部の先輩たちとニューヨークに行きました。美術を学んでいたこともあり、ギャラリーのメッカだったソーホー地区に行って、いろんなギャラリーのレセプションに足を運びました。

吉川 ある意味、ニューヨークが最も一番盛り上がっていた時期ですね。

大熊 当時、自分がウブだったのもありますが、ものすごく感銘を受けました。アートというよりも、アートの元に集まってくる人たちに。ゲイのカップルやおしゃれな外国人がギャラリー街を歩いていて、その個性も、ファッションもとにかくすごくて、自分はこんな小さくまとまってたらダメだなって。その影響で帰国後、人生初のパーマをかけました(笑)。

吉川 ええ! 大熊さんがパーマ! 

大熊 一度きりしかやってないですけどね。でもそういう気分にさせてしまうようなインパクトが、当時ありました。

吉川 海外に行って一番驚かされるのは、“人”ですよね。アパレルの展示会でも、日本は挨拶して商談するという流れですけど、海外は犬を連れていたり、まるで自分を見せに来ているような格好の人もいたりして。そういうのを見ていると、真面目だけではこの業界ダメなんだなと思いましたね。

大熊 海外からは多くの影響を受けましたが、最も印象深かったのは、やっぱりこのニューヨークの旅だったなと思います。

学生時代に旅したロンドン(写真中央)とニューヨーク(他全て)のときの写真。残念ながらパーマ姿の大熊さんは拝見できなかった

海外でのバイイング──フォルムに惹かれて出会ったものたち

–––大熊さんは大学ご卒業後、インテリアショップ「IDÉE(イデー)」に入社されました。どのようなお仕事をされていたのですか。

大熊 入社時は法人営業の仕事をしていましたが、その後はプレス、バイイング、ショップやギャラリーの運営、商品企画などをするようになり、国内外のいろいろな方と知り合うようになりました。

吉川 どんな国に行かれたのですか?

大熊 IDÉE創業者の黒崎さんには、いろいろな国へ連れて行ってもらっていましたが、それが今でも貴重な財産になっています。最初はヴェニス、ミラノ、ロンドンだったかな。当時一緒にプロジェクトをしていたアーティストの現場を見に行ったり、「ミラノサローネ(国際家具見本市)」に行ったり。

ロンドンは、黒崎さんお気に入りの都市だったので、よく訪れました。また、「メゾン・エ・オブジェ」に行ったり、フランス人デザイナーと仕事をすることも多かったので、パリに行くことも増えました。

IDÉE時代にヴェニスやアメリカなどを旅した思い出の写真。IDÉE創業者の黒崎輝男さん始め、野村訓市さん、野村友里さんの姿も。ちなみに、大熊さんは旅先で写真を撮る習慣がなく、友人にもらった写真だけが手元に残っている

吉川 北欧に行ったのはその後だったんですか?

大熊 はい。2001年に初めてスウェーデンに行って、「ストックホルムファニチャーフェア(北欧最大級の家具とインテリアの国際見本市)」に足を運びました。当時は現代の北欧家具が注目され始めた頃でしたが、黒崎さん自身ヴィンテージが好きなこともあって「くまちゃん、古いものも買い付けに行ってきたら」なんて言われて、翌年探しに行くことになったんです。

吉川 当時は今ほど情報がないですし、一からの家具探しは大変だったのでは?

大熊 旅のスタートはスウェーデン最南部のマルメでした。ほとんど情報がなかったので、とある方が仲介してくださり、その方の知り合いだという現地のおじいちゃんに、車でいろいろ回ってもらいました。でも、連れて行ってくれたお店がどれもオールドスタイル的なカントリー家具で的外れ。今でこそそんな家具も良いかもしれないですが、当時これはまずいなと焦って(笑)。街中でモダンなお店を見つけては「車停めて停めて!」と言って、突撃でお店を訪ねたりしました。

吉川 大変だ! まさに珍道中ですね。

大熊 そうしてあちこち見ているうちに、ある店でテーブルの隅に置かれた小さな灰皿が目に入りました。尋ねると、1950〜’60年代のエリック・ホグラン(スウェーデンのガラス作家)のものだと教えてくれて。それが、ホグランとの出会いでした。

吉川 一般的に、北欧のデザインと言えば、シンプルで洗練されたものというイメージがありますが、ホグランはまったく違いますよね。

大熊 だからこそ僕はホグランが生み出す、肉厚で無骨でプリミティブなものに惹かれたんだと思います。当時は民藝にも興味があって、ホグランは民藝ではないけれど民藝的なものを感じたというのもありました。

吉川 それがきっかけで、ホグランを日本に紹介されたんですね。

大熊 僕自身かなり入れ込んでしまって、本当はもっと家具の買い付けをしなきゃいけなかったのに、その旅もホグラン探しになっちゃったんです。アンティークショップはもちろん、とにかく片っ端から探して。帰国後はホグランの展示会を企画したり、作品集を自費出版したり。IDÉE時代に最も入れ込んだ仕事になりました。

初めて北欧に行ったとき(写真右)と、その後スタッフと北欧に行った2回目の買い付け(写真左)

–––その他にも、旅で出会った忘れられないものはありますか。

大熊 北欧で休憩がてら訪れた町の歴史資料館で、1950年代の暮らしを再現した部屋がありました。そこに展示されていた椅子がとてもかわいくて、たまたまその場にいた館長兼管理人のおじさん(笑)に聞いてみると、まだ倉庫にあるよ、と案内してくれました。

10脚以上あったと思いますが、欲しいなら売ってもいいよ、と言うので「全部ください」と(笑)。それがイルマリ・タピオヴァーラのファネットチェアだと、あとから知りました。

吉川 ホグランもファネットも、当時の日本ではほとんど知られていませんでした。大熊さんが紹介したことで、その名が広まっていきましたよね。

大熊 北欧家具の人気はブーム的に始まりましたが、ブームに終わらなかったのは、日本の住環境との相性がよかったんだと思います。木の文化という共通点もありますしね。

買い付け旅行後、エリック・ホグランとイルマリ・タピオヴァーラにフィーチャーした展示会を企画した。下は、大熊さん自身が自費出版したホグランの作品集

後編に続きます。

大熊健郎さん 「CLASKA Gallery & Shop“DO”」ディレクター。1969年東京生まれ。インテリアショップ「IDÉE」で約14年にわたり、プレスやバイイング、商品企画等を担当する。その後、全日空機内誌「翼の王国」編集部を経て2008年に「CLASKA」のリニューアルを手掛け、同時に生活雑貨から衣料品まで幅広いアイテムを扱うショップ「CLASKA Gallery & Shop“DO”」を立ち上げる。現在ディレクターとして商品開発から企画運営全般を手掛けている。http://www.claska.com

PHOTO:
矢郷 桃(*以外)
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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