Travelogue

| 旅する人々 |

CLASKA Gallery & shop “DO”
ディレクター 大熊健郎さん〈後編〉

海外でさまざまなものに触れ、選びとってきた大熊健郎さん。
その経験は、日本のものづくりを見直す“旅”に生かされています。

「CLASKA Gallery & shop “DO”」 の責任者兼ディレクターの大熊健郎さんに旅の話を伺う「旅する人々」の後編。STAMPSディレクターの吉川も好きだというパリの話で大いに盛り上がりました。

前編はこちら

パリはやっぱり特別な存在

–––大熊さんは、旅先では“食”にこだわりますか?

大熊健郎(以下、大熊) 僕はお酒が飲めないこともあって、あまり食にこだわる方ではないんです。でも最初にパリに行ったときに食べたバゲットはなんて美味しいんだろう、って思いましたね。あの頃、日本にあるバゲットとは全然違いました。

吉川さんもそうだと思いますが、僕は「ボン・マルシェ」(世界最古と言われているパリの百貨店)が好きで、よく行きます。1階のフードコードではハムとチーズを挟んだだけの素朴なサンドイッチが売られていて、それがびっくりするぐらい美味しいんですよ。あと、わりと普通のスーパーでも買える搾りたてのオレンジジュース。

吉川修一(以下吉川) 「ボン・マルシェ」は僕も必ず行きます! フードコートも美味しいですよね。

大熊 あと僕は甘いものが好きで、甘いものを食べ歩いちゃうんですけど、「ラ・メゾン・デュ・ショコラ(パリの高級チョコレート店)」のエクレアを最初に食べたときは、濃厚で感動しました。お店で食べるんじゃなくて、テイクアウトして近くの公園やホテルで食べるのですが。

吉川 食に関しては、文化の差が出ていますよね。フランス人の食にかけるこだわりを見ていると、日本人の人生の喜び・快楽は、フランス人の半分くらいじゃないかと思うほど。パリは欲望に素直で、遠慮がない。欲望に忠実で人間的だなと思います。

大熊 まさににそうだと思います。ルイ14世やヴェルサイユに象徴される筋金入りの虚栄の世界観がありますよね。そういう基盤が残っているからパリはすごく贅沢な気分になるし、その余韻を街中で体験できる特別な魅力があるなあ、と。

吉川 パリはファッションの町でもありますが、女性の服だけではなくメンズの服もちゃんとある。そういう意味でも、いろんな欲が満たされる町であり、そのレベルが高いなと思います。ある意味で欲が充満したような町ですよね。

国内を“再発見”する旅

–––その後、大熊さんはIDÉEを辞められて全日空の機内誌『翼の王国』編集者に、そしてライフスタイルショップ「CLASKA Gallery & Shop “DO”」のディレクターを務められます。

大熊 『翼の王国』を制作していた編集プロダクションには約1年間在籍しました。残念ながら『翼の王国』の制作が違う会社に移行して、必然的に辞めざるを得なくなったんです。ちょうどその時、「CLASKA」のリニューアルに携わることになり、「CLASKA Gallery & Shop “DO”」を立ち上げることになりました。

吉川 「CLASKA Gallery & Shop “DO”」はどのようなコンセプトだったんですか?

大熊 テーマは「日本の再発見」。当時はグローバルスタンダードなんていう言葉が声高に叫ばれて久しかった頃でしたが、同時にそうした価値観に対して違和感を唱える人も増えてきた、ローカルな価値を見直そうといった動きが各地で出てきた時期でもあったと思います。それまではどちらかといえば海外志向だった僕が、今まで日本を見ていなかった反省も含めて、海外を見た視点で日本を見直すことで今の生活にフィットした提案をしたいと思っていました。なので行き先は、もっぱら国内の地方が多かったです。

吉川 実際に日本のものを選び始めて、どんな発見がありましたか?

大熊 そもそもちゃんと見てなかったなというのが反省点としてありました。いざそういう目線で見ると日用品や器もとてもおもしろく、まだまだあるなという期待感もありましたね。地方に足を運んでは、品評会に参加したり、事業者さんと一緒にものづくりをしたりしました。

吉川 どういうところに行かれたんですか?

オリジナルブランド「DO(ドー)」では、長崎・波佐見焼の窯元や岡山・倉敷の帆布メーカーなど、日本の産地に目を向けたプロダクトを企画した。発売以来、人気の高いロングセラー〈*〉

大熊 長崎は有田や波佐見など器の産地ですが、そこで出会ったメーカーとオリジナルの器作りをしました。山形では、スリッパ生産量日本一として知られる河北のスリッパメーカーさんとスリッパを作ったり、岡山では倉敷に呼んでもらったのがきっかけで、帆布メーカーと鞄を作ったりしました。

–––国内で、特に印象に残っている地域はありますか?

大熊 実は、前職の『翼の王国』の編集プロダクションを退職するときに、ANAがお別れ会で「国内のどこにでも行けるチケット」をくれたんです。せっかくなら、普段なかなか行けない山陰に行くことに。IDÉE時代、ブックストアを担当していた頃にお客様としてよく来てくださっていた高橋香苗さんという方が、「本屋さんを始めたんです」と教えてくださっていたので、訪ねようと。

吉川  IDÉE時代と『翼の王国』時代の偶然が2つ重なったわけですね。すごい!

大熊 そうなんです。ご自宅の一角で運営されている「DOOR」というお店なのですが、すごく素敵な空間で。そのご縁からさまざまな方を紹介していただきました。

島根の名窯、布志名焼船木窯の6代目、船木伸児さんのご自宅にお邪魔したのですが、宍道湖畔に建つ客間の窓から見える景色が素晴らしい。その客間は、国内外の民藝品のほかに、ポール・ケアホルムの椅子やエットーレ・ソットサスの照明が置かれた洗練された空間で、本当に驚きました。隣の和室には、かつてバーナード・リーチや棟方志功が泊まりに来たこともあるそうです。松江は文化度の高い地域でおもしろく、かれこれ5、6回足を運んでいます。

島根・松江にある「DOOR」。オーナーの高橋香苗さんは、大熊さんがIDÉEでブックストアを担当していたときの常連さんだった。コンクリートブロックの静謐な空間には、本のほか、工芸やアートなど、高橋さんの審美眼によって選ばれたものが並ぶ。〈*〉

吉川 最後に、国内外さまざま行かれた大熊さんにとって、旅とはどのようなものか、教えてください。

大熊 ひとつは、当たり前かもしれないんですけど未知なる出会いに対するワクワク・ドキドキ感。もうひとつは、自分の感度を上げる、あるいは自分の心の空気を入れ替えることですね。旅をしないと、考えや価値観が凝り固まってしまう気がして、目を洗うというか、五感を開く時間が得られるのが旅なんじゃないかなと思います。

吉川 普段の生活では敢えてシャットアウトしている感覚も、旅に行くことで開放されるんですね。

大熊 でも、職業柄、旅先でなにか買わないと旅が終わった気がしないというのもありますけどね(笑)。

大熊さんの旅の相棒

「CLASKA Gallery&shop“DO”」で作ったショルダーバッグ「PORTER」は、国内外問わずいつも旅に持っていく鞄で、大熊さん自身が欲しくて企画した。「メインの鞄とは別に常に持ち歩いています。単行本や文庫本なども入れるので、ある程度マチがあるようになっています」(写真左上)

「POSTALCO」の「ポストカードウォレット」は、パスポートやポストカード、メモ帳などをしまっておくもので、10年来の愛用品。(写真右上)

旅には本が欠かせないという大熊さん。旅行に持っていく際にはエッセイや軽めのものを2冊程度携えるという。予備のメガネはフランスを旅行した際に購入した「E.B.Meyrowits」のもの。「予備のメガネは必ず持ち歩きますが、今のところ幸いにも、メガネが壊れてしまったということはありません」(写真下)

大熊さんが旅先で出会ったもの

ニコラ・ド・スタール(ロシア出身の抽象画家)の展覧会図録とチラシ。「とても好きな画家で、パリで大回顧展があると知って思いきって一人で行きました。当時のチケットとかも全部まとめて保管しています。初めての海外一人旅でトラブルもありましたが、楽しかったですね」(写真左)

2001年に初めてスウェーデンに行ったときに購入したもの。「ダーラナホースといえば赤いものが有名ですが、エリアによっていろんなタイプがあるそうです。これはストックホルムにある工芸品を集めた「スヴェンスク・ヘムスロイド」で見つけたのですが、白い体に青の丸が描かれているところに惹かれました」(写真右)

初めてフランスに行ったときにアンティーク店で購入したカフェ・オ・レ・ボウル。「1930年代のものだと聞いています。その後、3回目にお店を訪れたときは、お店自体がなくなってしまっていました」(写真上)

パリでたまたま見つけた小さなギャラリーで購入したポストカード集と作品目録集。1963年に開催されたヴィクトル・ブローネル(ルーマニア生まれのシュルレアリスムの画家)の個展のもの(写真下)

学生時代にロンドンを旅行した際、たまたま町中でデレク・ジャーマン(イギリスの映画監督・デザイナー)に会い、手帳にサインをしてもらうという出来事が! 2月20日の欄に「デレク・ジャーマンに会い、サインをもらう」と書き記している。当時の興奮がそのまま伝わる1ページ

吉川が選ぶ「旅に持って行ってほしいもの」

最後に、吉川が大熊さんに、旅に持っていってほしいものをプレゼント。選んだのは、フランスのバッグブランド「TAMPICO」のトートバッグ。「持ち手が長めなので、肩にかけることもできます。縦長で、マチもたっぷりあって、大きめ。本もたくさん入るので、ぜひ大熊さんにお使いいただけたらうれしいです」(吉川)

対談を終えて

旅には必ず本を携えるという点はいかにも大熊さんらしい一方で、若い頃の話は普段知らない大熊さんの一面が垣間見えて、とても興味深かったです。改めて、旅とはその人の価値観や本当の姿を見せるものだなと思いましたね。それが旅の魅力、さらには旅の話を聴くことの魅力でもあるのでしょう。

当時の「IDÉE」は“文化のかたまり”とも言えるような存在でした。それを培っていたのがこうした海外での旅なのですね。日本の文化を見直している「CLASKA Gallery & shop “DO”」の運営も、海外の旅をしてきた大熊さんだからこそできることなのだと思います。いつも刺激をくださる大熊さん、たくさんのお話をありがとうございました。 (吉川)

大熊健郎さん 「CLASKA Gallery & Shop“DO”」ディレクター。1969年東京生まれ。インテリアショップ「IDÉE」で約14年にわたり、プレスやバイイング、商品企画等を担当する。その後、全日空機内誌「翼の王国」編集部を経て2008年に「CLASKA」のリニューアルを手掛け、同時に生活雑貨から衣料品まで幅広いアイテムを扱うショップ「CLASKA Gallery & Shop“DO”」を立ち上げる。現在ディレクターとして商品開発から企画運営全般を手掛けている。http://www.claska.com

PHOTO:
矢郷 桃(*以外)
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
野村慶子

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