Travelogue

| 旅する人々 |

Roundabout・OUTBOUND
小林和人さん〈前編〉

新旧問わず、国内外の生活道具を扱うセレクトショップ「Roundabout」「OUTBOUND」を営む小林和人さん。初めての買い付けをはじめ、これまでの思い出深い旅のお話をお伺いしました。

旅好きのSTAMPSディレクター・吉川が、ご縁を感じる人たちと旅の話をする「旅する人々」。第8回にお迎えしたのは、確かなセレクトとそのディスプレイが常に多くの人々から注目を集めるセレクトショップ「Roundabout」「OUTBOUND」の小林和人さんです。

東京・代々木上原の「Roundabout」。移転に際し、“朽ち果てそうな雰囲気”や、店内に足を踏み入れると外の世界とガラッと変わる、どこでもないような感覚が味わえる場所を探したそう

初めての買い付けはアメリカ西海岸

–––小林さんは、お店の買い付けで海外に行かれることは多いですか。

小林和人さん(以下、小林) 初めての買い付けは、1999年の夏にアメリカ西海岸へ。格安航空券で、燃油サーチャージもなかったので、たしか2万9800円くらいだったかな。

吉川修一(以下、吉川) 当時はハワイ4万9800円とか、ありましたよね。

小林 安かったですよね。そのときは西海岸のフリーマーケット情報を印刷したものを持って、LAの空港からレンタカーに乗って。レンタカーを日本から手配しただけで、あとはノープラン。当時仲が良かった友人と二人で行ったんですけど、アクシデント連発でした。いきなり初日に昼飯を食べに行ったお店の駐車場で、バックしてきた車に側面を当てられて。

吉川 えぇ!

小林 車から出てきた女性が「これ、私の連絡先。保険会社にこれを渡せば大丈夫よ」と名刺を置いて、どこかに行ってしまって。警察に電話してつたない英語で説明したら「店舗の駐車場は管轄外」と言われて右往左往。結局、レンタカー会社に連絡して事なきを得たのですが、問題がクリアになるまでは「ああ、いきなりやっちゃった〜」と暗澹たる思いでした。

吉川 やっちゃったというか、やられちゃったというか(笑)。

「Roundabout」「OUTBOUND」を主宰する小林和人さん(写真左)。「Roundabout」は国内外、新旧を問わずにセレクトした実用的な日用品が並ぶ

小林 (笑)。あとになって女性からもらった名刺を見たら「insurance」と書いてあって。電子辞書で翻訳してみたら、insurance=保険と。つまり保険会社の方だった。それ以来、insuranceは忘れられない単語になりました(笑)

吉川 だから慣れてたんですね(笑)。買い付けはどこでされたんですか?

小林 メインの買い付けはカリフォルニア州パサデナにある、ローズボウルスタジアムで開かれているマーケットです。めちゃめちゃ大きいところで。

吉川 たしかアメリカンフットボール場ですよね。

小林 はい。マーケットは週末だったので、平日はハンティントンビーチやオレンジカウンティなどを回りました。プエルトリカン系のマーケットはココナッツのような異国の香りが漂っていて、ライスプティングを売っていたりして。アメリカの多様性を感じましたね。

ロサンゼルスの中心部は立ち入らず郊外しか回らなかったのですが、スリフトショップや手描きの看板を見つけた民家のガレージショップに立ち寄ったりしました。子どもがレモネードを10セントとかで売っていたりなんかして。昔の家電が好きだったので、ヴィンテージの電話機やポータブルプレーヤー、BELL(アメリカのヘルメットメーカー)のヘルメット、ほかにもE.T.の人形など、キッチュなものもありましたね。あと、ミッドセンチュリーっぽい雰囲気の椅子とか。

1999年に行ったアメリカ西海岸の映像(ビデオ)からの貴重なスクリーンショット〈*〉

吉川 今のお店の雰囲気とは違いますね。

小林 そうですね、当時はそういうものが好きでした。そういえば最終日、買い付けたものを運送会社に持って行ったのですが、6時で閉まるところ、5時40分ぐらいに着いたんです。ギリギリなのに、何と車内に荷物を残したままインロックしてしまって。でも、JAFみたいなのを呼んでたら間に合わない。汗だくになっていろいろと車をいじっていたら奇跡的に後部座席のロックが開いて、なんとか間に合った。最後まで珍道中の旅でした(笑)

旅の情景と音楽はリンクしている

–––その旅にまつわる思い出、もう少し聞かせてください。

小林 移動の車では音楽を聴いていたのですが、音楽と風景がリンクするシーンがあって、それは今でも心に残っています。その旅では、DJ MUROのミックステープ「DIGGIN’ IC ’98」をかけていて。これこれ、この曲なんですけどね(実際にiPhoneで音を流しながら)。LAって坂道が多いですよね。夕暮れどき、開けた坂道を車で走っていって、坂を登りきって下ろうとする瞬間に、ボズ・スキャッグスの「JO JO」からジョーの「ALL OR NOTHIN(POOR GEORGIE PORGIE REMIX)」のサビの部分へつながって……

吉川 おー、かっこいい! しびれますね、ここにLAの風景があったら!

小林 そうなんですよ! 脳天に来ましたね(笑)。風景と音がリンクする瞬間でした。

吉川 ああ、よくわかります。僕はアメリカに行くとき、ラジカセを持って行ってFMラジオを録音していました。日本で流れないような選曲もいいし、周波数が違うから、耳のそばで鳴っているような音で。録音したテープを日本でよく流してました。

小林 それはいいですね。今でも、そのころ聴いた音楽を無性に聞きたくなるときがあります。もちろん、あの風景や暑さを完全再現するのはむずかしいですけど。まあ、それも旅の醍醐味のひとつかもしれないですね。

〈*〉

車の旅は、動いただけ景色が変わっていくのがいい

–––車で旅をされることは、その後もありましたか。

小林 2004年に当時、シカゴに住んでいた友人と一緒にドイツとチェコを旅しました。フランクフルト空港で待ち合わせをして、空港からレンタカーで東へ向かってアウトバーン(ドイツの高速道路)を疾走して。最初はドレスデンのエルデ川の川辺で開かれていた蚤の市に行きました。そこから北に上がってプラハに入って、次にベルリン、そこからまた西に戻るっていうルートです。一週間くらいだったかな。

列車の旅も風情とロマンがあるし、車窓から移り変わる風景を眺めることもできますが、車の旅は自分が動いただけ景色が変わっていくというか。「あそこ、気になるな」と思ったら、寄り道したり。

吉川 主体性を持って動けますよね。

こちらも1999年にアメリカ西海岸で撮影した映像(ビデオ)から。運転する小林さんは当時20代〈*〉

小林 そうなんです。遠くの小高い丘にお城みたいな建物が見えたり、若者たちが湖畔にボートを浮かべて漕ぎ出している風景を眺めたり。衝撃的だったのは、ドイツからチェコに入る国境の手前でのこと。森の中の細い道を走っていたら、突然、電話ボックスみたいな小さな建屋の中にマネキンが入っているのが見えて。

現代アートかな?と思って車で近づいてみたら、なんと生身の人間。つまりそこは娼館だったんです。牧歌的ともいえる景色と、欲望むき出しの装置のようなもののギャップにびっくりしました。国境を越えたあとも夕方で薄暗く、今度は街全体が娼館みたいなエリアを通ったり……。まるでデヴィット・リンチの映画の世界でした。

吉川 車の旅でないと出会えない風景ですね!

小林 そのときも夜に首都のプラハに着いて、それから宿を探すような行き当たりばったりの旅でした。最初の日は4、5軒ぐらい回って、夜中にようやくゲストハウスが見つかって。食事に行ったレストランではその国の言葉しか通じないし、当然メニューも読めない。お店の方とフィーリングでコミュニケーションをとって頼んだら、めちゃめちゃ大きいカツレツみたいなのが出てきたり(笑)

吉川 (笑)。プラハでは買い付けもされたんですか。

小林 はい、Roundaboutの旧店舗の買い付けで古道具屋を回りました。このコーヒーミルは店で販売するつもりだったのに情が移ってしまって、長いこと家で使いましたね。そのあとはベルリンに移って、友人と二人で代わりばんこに運転しながら蚤の市を回って、また買い付けをして。

プラハの買い付けで見つけたコーヒーミル。「たぶんチェコのものだと思います。金属と木でできていて、ハンドルの付け根を回すと目の細かさが調整できて。今でも使えますが、最近は電動のミルで横着しています」

吉川 このときも車の中では音楽を?

小林 そうですね。当時、友人が持参した昔の分厚いiPodでかけてくれた旅のプレイリストが印象的で、Bear In Heavenの「My Chair」だったり、Loren Connors & David Grubbsの「Blossom Time」、DIVERSEの「In Accordance」とか……。やっぱり旅の情景と音楽は、リンクしているんですよね。

小林 夏が終わって秋に差しかかる時期で気候もよかったし、フロントグラスから流れてくる景色と車内に響く音楽が溶け合って、単なる移動というよりも映像体験に近いものがありました。あえて宿を決めなかったのは、車さえあればまぁ何とかなるかなと。

吉川 いざとなったら車内で寝泊まりできますもんね。

小林 はい。宿を決めてしまうとチェックインの時間に縛られちゃう。決めてなかったら「チェコじゃなくてポーランドに行こう」とかもできる。目的に向かって歩みを進めていくという計画的な旅とは違うベクトルの、というかベクトルすらないスタイルの旅が自分には合っていると思います。

後編 に続きます

小林和人さん 1975年、東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、1999年に東京・吉祥寺に「Roundabout」、2008年に「OUTBOUND」をオープン。建物のとり壊しに伴い、2016年に「Roundabout」を代々木上原に移転。両店舗のセレクトとディスプレイ、展覧会の企画を手がける。RoundaboutOUTBOUND

PHOTO:
矢郷 桃(*以外)
*は小林さんご提供
EDIT:
古山京子(Hi inc.)
TEXT:
増田綾子

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