旅好きのSTAMPSディレクター・吉川が、ご縁を感じる人たちと旅の話をする「旅する人々」。人気のセレクトショップ「Roundabout」「OUTBOUND」の小林和人さんを迎えた第8回後編は、前編に続き、海外の買い付けの旅の話からスタート。小林さんが海外で必ず行く場所とは? 最も心に残る旅とは?
前編に続き、お話を伺ったのは、Roundaboutを主宰する小林和人さん(写真左)
風光明媚な場所より、日常の景色が見たい
–––小林さんは、お店の買い付けが目的で海外に行かれることが多いですか。
小林和人さん(以下、小林) 年に1,2回くらいでしょうか。2005年6月には、買い付けを兼ねて夫婦でベルリンに行きました。ソーセージにカレー粉をまぶして、ケチャップをかけて食べるカリーヴルストが好きで。安くて、駅前などで気軽に買えるのですが、ヘーフェヴァイスというビールを飲みながら食べるのがもう最高で。
吉川修一(以下、吉川) ヘーフェヴァイスはどんなビールなんですか?
小林 ドイツの代表的な無濾過の白ビールで、季節もよかったので、そのおいしさは心に残っていますね。ベルリンの方たちは皆さんとても親切で。それと、2003年から2013年くらいまではメルボルンに行くことが多かったですね。
2005年に夫妻で訪れたドイツ・ベルリン。写真右下が、カリーヴルストと一緒に楽しんだヘーフェヴァイツ〈*〉
吉川 メルボルンは何か所縁があったんですか?
小林 幼稚園のころ少しの間、家族で住んでいたことがあります。その後、シンガポールで日本人学校に入って、せっかくメルボルンで吸収した英語をどんどん忘れていったのが今考えると惜しまれます(笑)
吉川 シンガポールは今、かなり洗練されていますよね。僕はシンガポールが好きで、サラリーマン時代に土日によく行っていました。まだ安かった頃ですね。月曜日は朝5時に日本に着く便に乗って、空港からそのまま出勤したりして。
小林 すごいですね! 僕は、40年くらい行ってない。「おしん」(1980年前半に放映されていたNHK連続テレビ小説)時代で止まってます(笑)。
2003年から2013年くらいまで、よく買い付けに訪れたオーストラリアのメルボルン近郊の街〈*〉
吉川 小林さんは、旅先で必ず行く場所はありますか。
小林 スーパーとか金物屋、ホームセンターは行きますね。あとは屋台。中国の上海では、旧フランス租界のワンタン屋さんに行きました。地元の人が行くようなところを体験してみたくて。そのときはデザインイベントが目的の出張で、会場は丸の内みたいな雰囲気のオフィス街だったので、旅情を求めていたんです。旅先では、公園もよく散歩します。地元のおじさんたちがカードゲームに興じる姿を眺めたり。市場も好きです。人々の暮らしの屋台骨が見られるし、においもね。
ベルリンの街の風景〈*〉
吉川 そうそう、いいですよね。
小林 苦手な人もいるかもしれませんが、異国の果物やスパイス、魚のにおいなんかで覚醒する自分がいて(笑)。生きてる感じがするし、予定調和じゃないというか。風光明媚なところより、日常の景色が見られる場所がいいですね。
ラオスで見た“家族の風景”
–––海外をたくさん旅されている小林さん。特に心に残る旅はありますか?
小林 少し前までラオスにいらした谷由起子さんを訪ねる旅は、また違った体験でしたね。谷さんは20年ほどの間、レンテンやクロタイと呼ばれる少数民族と一緒に布製品づくりをされていて、僕は2010年から2017年の間に4回ほど伺って、展覧会の時に会場で流すための動画を撮らせてもらっていたんです。ラオスの首都のヴィエンチャンで飛行機を乗り換えて、北部のルアンナムターという村に向かうのですが、行きや帰りにヴィエンチャンで1日くらい時間が空くことがあって。そんなときはレンタサイクルを借りて、炎天下のなか、舗装されていない赤土の道をひたすら走って探検していました。
吉川 それはなかなかできない経験ですね。
小林 夕方になると、みんな家の外でしゃがんで食事をしていて、その風景も記憶に残っています。シチュエーションはまったく違うはずなんだけど、ハナレグミの「家族の風景」が頭の中で流れたりして。あれはなかなかいい脳内選曲だったなと(笑)。
吉川 ここでもやはり音楽が! 旅情を感じさせる風景ですね。
2010年から2017年の間に4度ほど訪れたラオス。首都・ヴィエンチャンは舗装されていない赤土の道が残っている。写真右は、ヴィエンチャンでレンタサイクルが壊れてしまった際、住民の方にいただいたドライバー。今も小林さんの自宅で大切に保管している〈*〉
小林 そのときに借りた自転車がガタガタで、走っていたらチェーンが外れてしまって。昔の日本のママチャリの仕様だからチェーンケースをドライバーで外さなきゃいけないんだけど、ドライバーを持ってなかった。それで民家を訪ねて、フィーリングで何とかコミュニケーションをとったところ、おじさんが直してくれて。 さらにそのドライバーをくださったんですよ。
吉川 また壊れたら直せるようにということですよね。
小林 そうなんです。「何と親切な方だ」と感激して、大事に日本に持ち帰って、今もとってあります。もうひとつ、道でたまたま見つけた石も思い出の品です。赤土のなかにめり込んでいたのですが、色もツヤもよくて。
ヴィエンチャンの町を自転車で走っているときに見つけた石
吉川 形も、何とも言えないですね。
小林 ルアンナムターでの時間は、谷さんと少数民族の人たちのものづくりを記録するというミッションがありましたが、ヴィエンチャンでの時間は余白の時間というか。町はずれの田舎で、牛飼いのおじさんが牛をぞろぞろ連れて歩いている光景に出合ったり。そういう“どこにも属していない時間”が心に残っていますね。
吉川 いいですね。日本にいると、そういう時間はあまりとれないですよね。
小林 はい。国内でも旅をすることはありますが、ギャラリーでの出張展だったり、つくり手の方の元を訪れたりと、仕事としての目的があることが多いんですよね。だから、計画を立てないで、ふっと迷い込んだみたいな旅をしたいなと思います。
吉川 旅って、やっぱり何かをくれますよね。ふとした間というか、時間というか。
小林 思わぬ方向に転がっていって、でも後から考えると必然的でもありますよね。
吉川 逆に印象的になりますよね、思い出深いというか。
小林 まさにそうですね。移動と旅の違いは、移動は目的地に到着することで、一歩でも歩みを進めていくという目的を果たすことだと思っていて。旅は、やっていることは移動ですが、目的を果たすことだけじゃない。その時間そのものが滋養を含んでいて、そのときは即効性がなかったとしても、後からじわじわと効いてくる心の栄養みたいな。そういうものを与えてくれるような気がするんですよね。
最近、「意味」と「意義」という言葉の違いを考えているのですが、「意味」って具体的に役に立つというか、社会的な尺度での有用性と紐付けられていて、それは客観的にも共有できる。一方で「意義」はその人にしかわからなくてもいい価値というか。
ヴィエンチャンのメコン河沿いの風景〈*〉
吉川 共有できる部分じゃないものっていうことですよね。
小林 はい、非常にパーソナルな領域の有用性。だから、もしかしたら有用性とは言わないのかもしれないですけど。旅の持つ余白というか、無所属性というか。旅先では誰もが無所属の存在になれるし、そこで流れている時間もやはりどこにも属していないと思うのです。やっぱり時々、そういう目的外の時間を持つことは大事だと思うんですよね。
物理的に移動しなくても、遠くへ行ける
小林 今日はフィジカルに、どこか別の場所に身を置く旅についてお話しましたが、物理的に移動しなくても、ものや音楽などを媒介にして、 どこか遠いところに飛ぶことは可能だと思っていて。最近、何かが媒介となって心を飛ばすということについて考えていて、それも広い意味での旅といえるんじゃないかなと。
吉川 おもしろい考えですね。
小林 それは、ひいては自分のテーマでもある、“気晴らし”っていうところと通じるんです。気晴らしって一般的には後ろ向きと捉えられることもありますが、今いる場所から、別の領域にひとときでも身を移すことだと思っていて。それがあるからこそ、普段の場所に戻ってきたときにヒントをもらえたり、日常が更新されたりということにつながってくるのかなと。旅を大げさに捉えないで、移動を伴う旅、伴わない旅、両方を含めて楽しんでいきたいですね。
吉川 小林さんのもの選びと旅は、とても近いところにあるんですね。
小林 そうですね。「Roundabout」は環状交差点という意味ですが、寄り道という意味もあって。実は店名自体が余白を伴っているんですね。
吉川 最近は、物理的な旅に行かれていますか?
小林 しばらく行けていないですね。今は行くとしたら、意味よりも意義というか、純粋な気晴らしの旅がしたいです。行き先は、ポルトガルなんていいですね。現地のイワシ料理と合わせて、ヴィーニョ・ヴェルデを飲めたら最高でしょうね。
小林さんの旅の必需品
ラオスで少数民族の人々とともに布製品づくりをしていた谷由起子さんが手がけたバッグ。手つむぎの糸を手織りし、藍染めした布でつくられている。「脇の下におさまるからちょうど良く、ラオスでもカメラを入れて持ち歩いていました」
旅に出かけるときに携帯するメッシュポーチ。スケールや充電コード、ドライバー、テープ、メモなど、買い付けの旅に必要なものをひとまとめに。
小林さんが旅先で出会ったもの
「ベルリンかメルボルンの蚤の市でまとめてたくさん買ったら、おまけでくれた」という分銅。「クレジットカードでお支払いの際、紙の控えにご署名をいただくときに重しとして使っていました。最近はタブレットを使うので、残念ながら出番は減ってしまいました」。
対談を終えて
今回、お話を伺って、改めて「感性が豊かな方だな」と思いました。なかでもヴィエンチャンで暮らす人々が夕暮れどきに食事をしているのを見て、ハナレグミの曲が脳内をよぎったお話が印象的でしたね。そのとき聴いていたわけじゃないのによぎるというのは、特に風景と音楽がリンクしやすい、旅ならではのことかもしれません。観光地など、訪れた場所のことより、見た風景やその場の雰囲気、温度やにおいなど、その一瞬を感じ、目的以外のところで何かを感じとれる感性がうらやましいし、素晴らしいと思います。きっとそれが小林さんの品揃えにも通じているんですね。今日は楽しい時間をありがとうございました。(吉川)
小林和人さん 1975年、東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、1999年に東京・吉祥寺に「Roundabout」、2008年に「OUTBOUND」をオープン。建物のとり壊しに伴い、2016年に「Roundabout」を代々木上原に移転。両店舗のセレクトとディスプレイ、展覧会の企画を手がける。Roundabout、OUTBOUND
- PHOTO:
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矢郷 桃(*以外)
*は小林さんご提供
- EDIT:
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古山京子(Hi inc.)
- TEXT:
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増田綾子